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『解脱衣楓累』だより

     累サン またね・・・


 早いもので名古屋の初日から一と月、
浅草の千穐楽を迎えてしまいました。

 こんど貴女に会えるのは、
早くても二、三年後ですね。
また一緒に津々浦々を巡る日を
心待ちにしています。

 その時には
鑑のように磨かれた
鎌のように切れ味のいい
蝶のように軽やかな前進座で
会えるよう
累サンのいない日々を
一同精進します。

 累さん ありがとう
    また近いうちに




 『解脱衣楓累』をご覧頂いた皆さま、有難う御座いました。

来春新作世話物『双蝶々雪の子別れ』、
五月国立は松本清張原作の前進座世話物『左の腕』と
真山青果三部作から再構成した幕末群像『江戸城総攻』。


 前進座ならではのカブキが続きます。


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『解脱衣楓累』だより

     御開帳の浅草で

 吉祥寺を打ち上げて、
いよいよ明日からは
最終公演地・浅草公会堂。

 前進座創立年の東京公演の小屋は、
旗揚げの市村座の他には
浅草宮戸座、
そして三ヶ月続演した浅草公園劇場。

 浅草公園というのは、浅草寺境内を中心にした地域だから、
伝法院通りの浅草公会堂とは指呼の間。
当時の浅草は
江戸三座の流れを汲む大劇場街。

 浅草公園劇場は、
新国劇はじめ多くの劇団が芝居を打ったところ。
 『沢正』(新国劇創立者澤田正二郎の通称)という
お店が名残をとどめます。

 浅草寺の内には、前進座創立メンバーたちの名を刻んだ碑も
あり、縁深い地。 
 そして前にもご紹介したように、
浅草公会堂前には浅草ゆかりの芸人・役者の手形が
並びます。
もちろん翫右衛門・国太郎の手形も。
探してみて下さい。

 緒形拳さんの芸名の由来になったという
その大きな手の型を、
私は今回探してみようと思っています。

 さて浅草をお名残に『解脱衣楓累』は再び眠りにつきます。
 再びこの芝居に、この役に出会えるか、
出演者の誰にも保障はありません。

 客席の皆さまと共有した時間以外に何も残らない。
創った瞬間に消えていく。
それが舞台の残酷さであり醍醐味です。

 あと五回。
           喜八郎☆記


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『解脱衣楓累』だより

        すべて人力~後編~

 矢の会は、「前進座を応援し、次代を育てる」為に、
1968年の創立記念日に生まれました。
 呼び掛け人は、
大佛次郎、海音寺潮五郎、井上靖、
松本清張、水上勉(敬称略)という
錚々たる先生方。

 会の名は、前進座の座紋
ー悲劇・喜劇の面と前進をあらわす矢ー
からとられています。

 今年はそれから40年になります。

 『解脱衣楓累』吉祥寺公演中にひらかれた
懇親会では、第三世代による『累』の成果を
お喜び頂くとともに、
“もっとこの劇場で前進座歌舞伎”を
“もっともっと若いニーちゃんネーちゃんを
客席に呼び入れる努力を”
との叱咤激励をいただきました。

 前進座で活躍した祖父の
名を襲ってこの公演から
本名の鈴木大を改めた
二代 生島喜五郎(いくしま きごろう)にも
期待と一層の奮励努力を求める声が
寄せられました。

 「血縁がどうというのではなく
本当の芸の継承を」とのお言葉通り、
彼自身が今一歩一歩厳しい道を歩み出した所です。

 洲浜の紋は、その名の通り
川中の三角洲を象ったもの。
 水の流れの中で柔軟に姿を変えていく
まろやかな姿は、女形にはぴったり。

 ところで前回わたくしはこの洲浜紋を
ひっくり返しのままアップしてしまいました。
あれでは逆さミッキーどころかミッキーそのもの。
     洲浜紋

 本当の洲浜紋はこちら。お詫びして訂正いたします。

        松涛喜八郎★記
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『解脱衣楓累』だより

     全て人力
 
 楽屋に掛かる色とりどりの暖簾に
この『累』から新顔が一つ加わりました。
この紋は、州浜(すはま)なんですが、
初めて見た人は「逆さミッキー?」
        さかさミッキーマウス?

 ネズミは、南北作品とは縁が深い。
お岩さまは、子の年生まれ。亡霊となると
ネズミが猫を喰い殺す怪異を皮切りに
鼠たちを大暴れさせる。

 『解脱の累』でお吉さんが亡くなったのも
子の年。
ということは、この物語は鼠歳のお話。
 
 芝居の表裏で活躍する人々にも鼠歳人口は高いのです。
番頭磯兵衛さんも菊川女房小夜風も床山さんも歳男。

そして、舞台監督岡本くんもチュウチュウ会の一人。 
そういえば、与右衛門サンも劇中で“忠”“忠”“忠”“忠”
言ってます。
 『解脱の累』は子の歳にお誂えの芝居。

 舞台を疾走するネズミくんは、昔も今も客席に大受けですが、
彼をリモート・コントロールするのは、子歳の岡本舞監。
コントロールと言っても、機械仕掛けではなく、
ヒトの力のなせる業。

 累サンの空中浮遊も、闇に舞う蝶も、
川が流れるのも、与右衛門家のポルター・ガイストも
そして「美しい生首」(某観劇者談)が生けるが如く目を開くのも
全て人力、これ江戸時代の省エネからくり。
その原動力は“芝居心”。
 

話が横道に逸れました。
逆さミッキーの紋については次回の講釈で
今日これまで


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『解脱衣楓累』だより

       「水の流れと 人の身は・・・」
             劇場入口の階段には芝居にちなんで撫子の列が

 本日はステージ中日。
「中日過ぎるとあとは早い」とは、楽屋の通言。
それに違わず、千穐楽までの日数は
もうカウント・ダウン。
               
 この舞台に立っている幸せをかみしめつつ、
日々、発見とチャレンジの繰り返し。
あと15回を大切に勤めます。


 このホームタウンのもう一つの芝居小屋
吉祥寺シアターでは、今日から『三人姉妹』が始まりました。
チェーホフ四大戯曲連続上演の一環。

 アントン・チェーホフは、南北さんが世を去って
60年ほどのちに生を享けた人ですが、
帝政ロシア崩壊前の人々を描いた芝居には、
幕府瓦解の予感をはらんだ時代の南北さんに
通ずるものがあります。

 明日が見えない転換期を
精一杯生きる人々の姿は、
歌舞伎も新劇も
そして今を生きる我々も同じ。

 南北もチェーホフも“我らが同時代人”。

 さぁ貴方も週末は
 チェーホフと南北をハシゴ出来る
吉祥寺へ!!


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『解脱衣楓累』だより

   古池や 歌舞伎飛び込む 水の音


 『解脱衣楓累』、吉祥寺での幕を開けます。

 歌舞伎の幕といえば、三色の引き幕―定式幕ですが、
この引き幕使用を許されたのは、幕府公許の江戸三座だけ。
ほかは緞帳を使いました。

 その昔、初世猿若勘三郎が、
幕府の御座船を木遣り音頭で見事に導いた功により
将軍家光から、その安宅丸の帆を拝領、
中村座の引き幕に仕立てたのが
定式幕の始まりといわれています。

 もちろん公許の三座ー中村座・森田座・市村座ー
と言えども、保護されていたわけじゃあありません。
  
老中・水野忠邦:『あばれ八州御用旅』より
  ≪老中水野忠邦≫

 大南北が冥土に旅立った翌年改元されて、時代は天保。
老中・水野忠邦は、芝居禁止令を決定。

 ここに立ちふさがったのが、我らが遠山の金さん。

 桜吹雪にもろ肌脱いで南北町奉行を歴任した遠山金四郎:『遠山の金さん捕物帳』より
(は いなかったと思いますが)

芝居の必要性を、立て板に水の如く述べて
論破した(んでしょう、見たわけじゃないけど)

 江戸三座は命を取り留めて、
沼地を埋め立てた浅草猿若町に移転。
そこで街角には表題の落首(らくしゅ)。
 落首ってのは、庶民の時事批評。今で言えば
ザ・ニュースペーパーのコントみたいなもんです。


 全国の公共会館を含めて、現在見られる定式幕の殆どが、
森田座流の萌黄・柿・黒(上手から)の並び。
 近年また見られるようになった
中村座の配色は、黒・柿・白。
 一方、市村座流の黒・柿・萌黄。

 一つに見える定式幕にも江戸三座それぞれの色がありました。

 市村座は、77年前、前進座が旗揚げした小屋。

 翌年正月からは五ヶ月連続で提携公演が軌道に乗っていたが、
さて明日が創立一周年という日、漏電から出火。
 
 楽屋風呂から汲んだ湯で火を消そうとしたら
慌てた声が叫んだ。
「馬鹿、お湯を掛けたら火はなお燃える」。
 二日前に後援会から贈られたばかりの座旗を、
藤川八蔵が何とか救い出したが、
私物を持ち出す暇もなく、三十分足らずで全焼。
 江戸以来の名を伝える芝居小屋の最期だった。

 196年前、『解脱衣楓累』が上演される筈だったのも、
この市村座。
 
 初演から203回目、新生『累』の9回目が、
ホーム・タウン吉祥寺での返り初日。

 前進座劇場の定式幕は、柝の音が響くのを待つばかりです。 



                    喜八郎☆記



 写真は、上:『あばれ八州御用旅』水野忠邦役
         中村梅之助
(『月刊前進座』1990.4月号より)
       下:『遠山の金さん捕物帳』遠山金四郎景元役
         中村梅之助
         (『写真集・中村梅之助』より) ※前進座メールマガジン会員募集中です!チケット先行受付・プレゼント企画など、メルマガ会員限定のお得情報が満載。★登録・購読もちろん無料★ 【前進座メールマガジン】⇦登録はこちらから空メールを送るだけ。

『解脱衣楓累』だより

      ホーム・タウンへ

 名古屋、神戸、大阪。三都で熱い客席に迎えられた『解脱―』班一同、
ホーム・タウン吉祥寺に戻ってきました。

 前進座が越してきた71年前には、
木造平屋の吉祥寺駅舎まで見通せたという畑や林の中。
ここで百羽ほどの鶏を飼おうとしたというのも今昔の感。
 前進座劇場という芝居小屋が出来て、早や26年。


 劇場のことを“小屋”と呼ぶのは習い性。
“会館の職員さん”のことも、“小屋の人”と言うから、
「小屋とは何事だ」と御立腹の向きもあるかもしれません。


能舞台の真似から始まった歌舞伎の小屋が、
変形改良を重ね、海外の劇場にも輸出されている
花道・セリ・すっぽん・回り舞台という
ノーベル賞ものの発明を加えて完成したのが
南北さんの時代。

 その頃と同じコンパクト・サイズの前進座劇場に
ここで生まれた『累』サンが帰って来ます。

 限定一ヶ月復活の『累』も
あと二た七日です。


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『解脱衣楓累』だより

       付き物・憑き物

 名古屋・神戸と、初日千穐楽を早や2セット。
 沢山の拍手と満場笑いの連続に
―え?ええ、そう、怪談ですよ―
『解脱衣楓累』が、世界を動かす蝶の羽ばたきであることを、
一同確信して舞台に立っております。
 チャリ場ばかりでなく、 
深い笑いがアチコチに起こります。


 井の頭沿線や浅草のアチコチに張られたポスター
(遠くの方は右図ご参照)
をご覧になって、
鎌を振りかざした矢之輔は農作業の最中か、
圭史と國太郎はなぜ鏡の中に居るのか、と
不思議に思われた方もおありでしょう。

 累さまに、鎌と鏡は付き物なのです。
マサカリ担いだ少年は金太郎であるように、
犬猿雉を連れていれば桃太郎であるように、
鏡と鎌が出てくれば「あぁ、累さんね」と判ったのです。
それを如何ひねるかが作者の腕の見せ処。

 悲運に死んだ累さまが、娘に憑いて語り出すというのも、
累伝説のスタンダード。
天才南北さんこれもひねってます。



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『解脱衣楓累』だより

羽生屋助七を
やらせていただいております
広也です。

『解脱衣楓累』は名古屋公演を終えて、この後神戸、大阪で公演があり、いよいよ前進座劇場での公演が始まります。

助七

助七です。
自分で撮ってるので、ちょっとアップすぎかな~
助七は江戸の商人。
古鉄買いをしながら旅をしているので、浅葱の半染めの手拭いを頭にかぶっています。
このかぶり方、「道中かぶり」と言います。
けっこう粋でしょ。
いつも花道から「ふるかね、かおーう」と言いながら出てきますよ。
私を見かけたら、いらなくなった櫛やかんざしを売ってくださいな。
鍋なんかもいいですよー
名古屋のお客様の反応はすこぶる良かったです。
新生『解脱衣楓累』のスタートはお客様にも助けられ、いい舞台になったようです。
やはりこの芝居は間違いなく面白い!
見応え充分の作品です。

ぜひ、劇場にお越しください。お待ちしております。 ※前進座メールマガジン会員募集中です!チケット先行受付・プレゼント企画など、メルマガ会員限定のお得情報が満載。★登録・購読もちろん無料★ 【前進座メールマガジン】⇦登録はこちらから空メールを送るだけ。

『解脱衣楓累』だより

  北京で蝶が羽ばたくと…


  なでしこに 蝶々白し 誰が魂   子規


 舞う蝶々を眺めていると
成程この世のものではないと古人が観じたのも
ムベなるかな。
 何を考えているのか、
我々とは違う時間を生きているのに違いない。

 漢文で習った『荘子』の胡蝶の夢は、
蝶になった夢を見たが、果たしてヒトが蝶の夢を見たのか、
ヒトである今が胡蝶の夢の中なのかという認識論。

         gedatu4

 ヒトの魂が蝶になる話は西欧にもあり、
中国にもある。
 シルク・ロードを渡って来たものか、
死者の霊が蝶に乗るという言い伝えは、
日本でも各地にあるようだ。
 蝶ばかりではない。小泉八雲の採取した話には、
蝿になって遺志を伝えようとする死者も登場する。

 ちゃんとリサーチしたわけではないが、
黒い蝶が多いようなのは、優雅に滑空する
アゲハチョウのイメージだろうか。
 

 訪れた昆虫館の温室内は蝶の楽園。
恋の季節らしく、道連れになったり離れたり。
種の違う蝶が羽を並べて翔んでいたり。
 三頭で舞っている蝶たちには
どんなドラマが起きているのだろう。

 舞台の大道具にもよく使われる蝶番は、
一頭の蝶だとばかり思っていたら、
羽根を閉じたペアの蝶。
なるほど名前が蝶ツガイ。

 番なりゃこそチョウ。
奇数じゃハンになっちまう。

 『累』の白蝶は、ツガイ離れた蝶。
淋しい蝶が運命を縫い合わせ
物語をつむぎ出す。

 一頭の蝶の羽ばたきが、世界に異変を巻き起こすというのは、
カオス理論のバタフライ効果。
風が吹けば桶屋が儲かるのとは、少ぅし
ニュアンスが違う様子。
 『解脱衣楓累』も、そんな芝居でありたいもの。

 今日この日、17年振りに、『累』の蝶が羽ばたきます。

              松涛喜八郎
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『解脱衣楓累』だより

『本邦初演の初日を観る』 
前回上演使用のモミジ

 一九八四年三月二十八日
 四世鶴屋南北『解脱衣楓累』初演
  於 吉祥寺前進座劇場


 南北の芝居をマッサラで初演する、というのも大事件だが、
南北作品の初演を見物するのも、またと経験できない大事件。
 当時広島にいた筆者は、歴史的瞬間に立ち会うべく吉祥寺に馳せ参じた。

 南北一流の仕掛け趣向や歌舞伎の色彩美、
そして熱気に当てられるように
一気に終幕まで引っ張られて
(助七の素性告白には引っくり返った)、
 累・与右衛門の連理引き。

打ち出しの太鼓で我に返ると、
「ああ、これは男社会の話なんだ」と悟った。

 先日、原稿用紙の切れっ端が出てきた


封建制に縛られた男と、其処から意識の上では
“解脱”している女の闘いとなる。
南北の封建制への怨念を感じさせられた
初日であった。

 という文字が躍っている。
何とも生硬ながら、どうもこれが
24年前の感想らしい。
当時、市民劇場のブロック誌に、
『本邦初演の初日を観る』と題して
一文を草している筈だから、
これはその下書きか。

 一学生の狭い捉え方を披瀝するのは、
エンターティナー南北の作品を
一面的にしてしまい兼ねないのだが、

でも男によらず女によらず、
『解脱の累』に書かれた200年前の尻尾を
まだまだ引きずっているのだなぁと
おもうこと多い今日この頃。
 
 本邦初演の初日を観て
連理引きにあったのか、
再々演から欠かさず
『解脱衣楓累』の舞台に立っている。

                 喜八郎☆記
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『解脱衣楓累』だより

    東海道とろろ累―以下ネタバレあり
 新鮮な眼で観劇なさりたい方は、観劇後にお読みください





とろろ汁の丁子屋






 東海道・鞠子(まりこ)の宿は、今も昔もとろろ汁の名所。
歌川広重の『東海道五十三次』に描かれる老舗・丁子屋は、
浮世絵そっくりの佇まいで営業している。

 静岡を巡るときは、安倍川辺りからぶらぶら歩いて
鞠子(現・丸子)で一服、
宇津谷峠を越えるのが、筆者の楽しみ。
       gedatu1


 『解脱衣楓累』をお勧めする時、筆者は
「チラシの裏は読まないで下さい」と言う。


まじめな人ほど粗筋を精読して、
「難しそう」と敬遠してしまうから。
固有名詞が矢鱈出て来る人物関係など、
初めて読んで「まぁ解り易い」と言いっこない。
初対面の人の家族構成を聞かされても、
私なんぞ絶対頭に入らない。


 歴史のお勉強ではない。
南北サンがデッチ上げた物語は、
芝居を観れば解ること。

 江戸の人たちだって、
「駿州・鞠子家の家臣…」と言われれば、
「ああ、とろろ汁の辺りの家だな」と
イメージしながら観ていたんでしょう。
勿論、そんな大名は実在しません。

 一方「遠州・中山の御家中」とくれば、
「ははぁ、小夜の中山か」。

 歌枕・小夜の中山は、東海道の難所。
夜泣き石伝説で夙に知られていた。

 ここで盗賊に殺された妊婦の傷口から
男の子が生まれ、後に仇を討つ。
赤子発見のきっかけとなったのが、
母の心が乗り移った夜泣き石。
 

 とくれば、お芝居をご覧になった貴方は、
南北サンのたくらみが
お判りでしょう?

        gedatu3
gedatu2

 主人公たちの家は、島田家と金谷家。
島田髷で有名な島田は五十三次の23番目、
金谷は24番目。

 お隣同士だが、その間には
「箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ」と歌われた
大井川が横たわり、ここを国境に、
一方は駿河、一方は遠江の国。
 
 現在は、菊川ともども仲良く島田市に収まっている。 
目出度し目出度し。おしまい。


          以上 島田の町の宣伝本部長 喜八郎でした。
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『解脱衣楓累』だより

         “うしろ”の百人たち                                      

 
 『花のピュンピュン丸』や『空手バカ一代』の漫画家、
つのだじろう氏は、島田啓三氏の弟子。
 『のらくろ』の田河水泡氏と戦前の少年漫画人気を二分した
『冒険ダン吉』の作者は、
「修行中はデッサン以外罷りならぬ」という
厳しい師匠だった。

 『漫画少年』でデヴュー後のつのだ氏は、
あのトキワ荘に日参して新漫画党メンバーとして活躍、
石森や藤子らとアニメ製作にも手を染めた。

後に 『泣くな!十円』などのホノボノ路線から一転、
『恐怖新聞』などのオカルト物や大人漫画に
新境地を開いた。

 オカルト路線の『新説百物語』には、前進座の
『解脱衣楓累』上演エピソードが登場する。

 台本を読んだ先代国太郎
累を勤める嵐芳三郎の右目が相次いで充血、
今回の累・現國太郎は右目に物貰いを作った。

 累さんの墓に詣でた帰り、喫茶店に入ると出された飲み物が
人数分より一つ多い。
「連れてきたかな?」

 車で吉祥寺に帰りつき倒れていた人を助け起こすと、
劇場部の松田益平主任。
その右目から鮮血が滴っている。
 転倒の拍子に割れた眼鏡が刺さったのだったが、
幸いなことに眼球を逸れていた。
又も右の目。累が劇中怪我する眼が右である。


 流石、師匠に厳しく仕込まれ、
手塚治虫も折り紙を付けた つのだ氏のデッサン力。
 先代国太郎らは勿論、松田主任も良く似ていた。

 松田主任、通称“松っあん”は、演出部員から劇場主任を歴任。
当時、楽屋にカレーライスの出前をとるのを控えていたのは、
カレーの匂いが苦手な松っあんに遠慮してのことだった。
 
 能筆にして細工も得意、舞台で使う書状や大道具・小道具を手掛けた。
中でも『五重塔』で使用される塔の雛形は、美術館に置くべき逸品だが、
今も上演の度に活躍している。

 下座のきっかけ等を決める付立て稽古を終え、
南北さんの世界が姿を現してきました。
松っあんのような方たちに支えられて
いよいよ『解脱衣楓累』が生まれます。


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『解脱衣楓累』だより

化政度スコープ

 「その畑わたせ」
“旗”を渡せ、という台詞をこう書いたので、
南北さんは無知文盲よばわりされる。
 なに、舞台で喋れば何方も「そのハタわたせ」
 
 宛て字のチャンピオンは、近代では夏目漱石。
馬穴の水、気作な人、と、いま小論文に書いたらサッソク減点の対象だろう。
漢文教育の総本家・二松学舎から帝大、
その帝大で教鞭までとった漱石先生を、無知文盲とは誰も言わない。
どころか、次々文章が沸いて出る才能ある人に当て字が多い、
とまで弁護されている。

 これ、南北さんにもそのまま当てはまる。

 南北さんより一回り下の亥年生まれが、曲亭・滝沢馬琴。
彼も累さまを小説にしているが、それはさて置き、
 こちらは殊更難しい漢字ばかり使うので有名。
晩年目を悪くした馬琴先生、息子の嫁に口述筆記を取らせて
代表作『八犬伝』を完成した。
 厄介な漢字は一々書き方を説明しながら書かせたというのだから、
気の永い話。

 彼らが活躍した時代は、化政度(かせいど)と呼ばれる。
度は“時代”とか“頃”。この25年ほどの元号が文化と文政だったので、
一文字ずつとって化政度という訳。

 上方(関西)中心だった元禄の文化と違い、江戸中心の文化が爛漫と咲いた。
小説では他に、『東海道中膝栗毛』の十返舎一九、『雨月物語』の上田秋成など。
俳句に与謝蕪村や小林一茶。
美術に北斎・広重・歌麿ら。
国学や蘭学が起こり、シーボルト事件も文政時代のこと。

 維新まで半世紀。
『解脱の累』が初演されるはずだった年には、ロシアの船が沿岸に姿を見せている。
寺子屋が普及し、江戸庶民の識字率は、ブッチギリで世界最高水準だった。
 そんな化政度の世の中に、多彩な文化が万華鏡のように輝いた。
 
われらが南北サンが立作者の地位を確立し、死の年まで大活躍をする四半世紀は、
この文化文政時代にピッタリと重なっている。


                          喜八郎☆記

 漱石さんの当て字は、馬穴=バケツ、気作=きさく。
念のため。 ※前進座メールマガジン会員募集中です!チケット先行受付・プレゼント企画など、メルマガ会員限定のお得情報が満載。★登録・購読もちろん無料★ 【前進座メールマガジン】⇦登録はこちらから空メールを送るだけ。

『解脱衣楓累』だより

             南北みすてりぃ

 不思議な世界をたくさん書いた大南北。
何故か五十にしてやっと立作者、作者部屋ナンバー1の地位を得た。
紺屋―染物屋の出身ということが差別を生んだ為ともいわれる。
何故かお客の不入りが当たり前の夏場の芝居でヒットを飛ばした。
人の本質をついたその芝居は、大正デモクラシーの頃に再評価され
何故か幾度もブームを呼んだ。
四世鶴屋南北自身が不思議な人。

 鶴屋南北というその名が先ず不思議。
これ、三代目までは、道化方の役者の名前。先代が奥さんの父親だからといって、
なぜ作者の四世がその名を継いだのか。
 謎解きの種には事欠かない。


 現代の作家にも大いに興味ある題材らしく、この大作者、幾つもの小説の主人公にもなっている。

 何故か上演されなかった『解脱衣楓累』も興味深いミステリーの一つ。
初演の半年前に芸術祭賞に輝いたラジオドラマ『南北夢幻(ゆめまぼろし)』(高橋辰雄)も、
序幕“鎌倉放山の場”を再現する。


 推理小説・幻想小説の大御所皆川博子女史も、南北に魅せられた一人。
芝居の世界を舞台にした『小平次』『化蝶記』では、『―楓累』がミステリーの鍵。
 後の長編『鶴屋南北冥府回廊』は、不遇時代の南北サンが主人公だが、
ここでも南北と“累”との出会いが描かれる。


 謎の作者の謎の作品。あと十日で復活です。        喜八郎☆記
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『解脱衣楓累』だより

       心のこして・・・

今日の東京はあっちこっちで神輿が出るお祭ラッシュ。
ここ吉祥寺にも町内ごとの神輿が練り歩いています。
 笛太鼓の音が気を浮き立たせます。

           吉祥寺の神輿

歌舞伎も鳴物・三味線と唄の下座があってこそ。
素の稽古でも、“日本めでたい春日の山は”などと、
前回使った曲が口をついて出て来ます。
75日の旅の頃、下座の後ろや楽屋のモニターで
文句を聴き取って記録したものでした。嗚呼!!あの頃は真面目だった。
杵屋佐之忠師が心血注いで付けた下座が、『解脱の累』を彩ります。


番頭敵(ばんとうがたき)の磯兵衛さんが出て来ると、稽古場は笑いの渦。
この人の出は、“イヤトビ”。
下座の曲は、歌い出しの一節で呼ばれることが多いのですが、これは


嫌と飛び退くのを
無理にとっつらまえて
入れて なかせる
キリギリス


という、ちょいと際どくてオチの付く洒落た唄。
他にも“仇な世界に仇較べ”など洒落た唄がいっぱい。
              大きな赤ちゃん:演出部も赤子笛などで芝居の効果をサポート

 中でも抛り上げた高音から“こ――ォ”と降りてきて
“こ――ォろ―ォ”と続く
“心残して”が、私は大の贔屓。
間髪を入れず向こうから
古金売りの呼び声が聞こえて来るイキにゾクゾクします。


 稽古も大詰。観劇の御予定はお決まりでしょうか?心残りのないように。
             喜八郎☆記
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『解脱衣楓累』だより

秋は夕暮れ

今年は『源氏物語』千年紀。
紫式部さんの日記の記事によると、1008年には
ギネス・ブックにも載っているこの小説が完成していたらしいという訳。

 紫さんのライバル、清少納言のエッセー集『枕草子』は更に
12年ほど前に纏まっているらしい。

 有名な「春はあけぼの…」の第一段や、43段「虫は…」の
ミノムシについてのエッセーは、
教科書でもおなじみ。


 ミノムシは、鬼の子。置き去りにして逃げた親を恋うて、秋風の中、
「父よ父よ」と鳴くすがたは“あわれ”。

 ミノムシに、毛糸くずや色紙のカラフルなミノを織らせたことのある方は、
御存知でしょうが、蓑虫は鳴きません。
 「チチ、チチ」と鳴くというのは、別の虫の声を取り違えたようです。

『解脱の累』序幕、これから心中しようかという切羽詰った会話に
ミノムシの例えが出て来るのだから、累のお姉さんも洒落てます。

 羽化してミノ蛾になるのは、雄だけ。メスは羽根を得ることなく、
芋虫の姿で子を産んで生涯を終えます。
 
 清少納言が仕えた中宮・定子のおとっつぁん、藤原道隆の歌も
『累』に登場します。
 

 でも、そう言えば、もう何年もミノムシを見ていないような・・・。
今年はゆっくり探してみようか。

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『解脱衣楓累』だより

             紅葉方程式

      蓮池

 週末の情報番組で取り上げられていたのは、
美術館博物館が目白押しの上野公園。
『楓累』の二幕目の舞台がここ。

 一面ハスに覆われた不忍池の弁天堂や、
今は動物園の敷地となった五重塔を背景に、
幾つもの運命が出会い、すれ違い、別れていきます。

 弁天さまは、この芝居の中に二つ登場しますが、
前進座劇場の裏手、井の頭公演にも銭洗い弁天が鎮座します。
平安時代に勧請され、現在の建物は三代将軍家光によるという由緒正しきもの。
井之頭の楓

 公演の十月半ばには、公園の池に映る楓も色付く頃。
紅葉といえば、今年から気象庁は“見頃予報”を取り止めて、
自分で算出してくださいと、計算方法を公開しました。 

 その計算式はY=X×4.62-47.69。Xは、九月の平均気温。
十月一日にこのYの日数を足せば、その日が見頃。
 ただ、気象の変動で合わなくなってきたのと、見頃の定義が曖昧だというのが、
中止の理由とか。
秋景色

  “見頃”の紅葉は、舞台でご覧になれますので、
井の頭散策と合わせて秋の一日をお楽しみ下さい。
でも弁天様の例に漏れず、カップルでボートに乗ると別れることになるそうですので、御注意。


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『解脱衣楓累』だより


        ドライブ感覚

 座内で『解脱衣楓累』アピールを大募集したら、
逸早く「投稿!」と渡してくれたのが、全国営業所の内藤克己所長。
北は北海道から南は鹿児島まで、全国の演劇鑑賞会さんを巡った時の制作者。
『累』さんを津々浦々に紹介した伝道師です。

 「市民劇場さんに送った文章が、会報に‘そのまま’載っちゃって、(累役の、嵐)芳三郎さんに
『フゥン、なかなか良いじゃないか』ってからかわれて困ったよ」と満面の笑み。
こんな『解脱の累』熱愛者が、座内外に一杯います。
では、故芳三郎賞賛の文章を、‘そのまま’お届けします。
        賢治ばり

      《念のため、翻刻版》
さて、この歌舞伎は、構えてみる必要ございません。
筋立ても、そんなに複雑ではありません。
登場人物の主従関係と男女関係をおさえておけば充分楽しめます。
キーワードとなっているのは、ナムアミダブツの「六字の短刀」、
それが登場人物の相関図を描いていきます。
このお芝居を一言でいえば、
封建制に押しつぶされた愛のドラマといえるかもしれません。
ラスト三十分は南北ならではのケレンで、アッというまに みせてしまいます。
累に お吉の霊が移ってからの運びは、
三味線鳴物に乗って、ドライブ感覚でみせてしまいます。
乞うご期待。

     内藤克己
 

                  

                        ナビゲーター☆喜八郎☆
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『解脱衣楓累』だより

       人の噂も・・・
                        
 全国各地を隈なく巡った『解脱』ですが、今でも話題になるのは20年前の“75日行きっぱなしの旅”。
 四国・中国・九州の演劇鑑賞会さん66ステージを一気に巡ったレコードは以後破られていません。
東京で何か仕出かして出掛けても、帰ってくる頃には噂は消えてるよ、なんて言ってたものです。
が、男ばかり40人の旅は20年後に伝わる武勇伝も生みました。
 2月半ばに旅立って、帰京は4月の末。
季節をまたぐ旅に、衣替えをどうしようかというのも懸案の一つでした。

          西瓜畑三人組

        (75日の旅の舞台より。撮影:杵屋佐之忠師)

 鹿児島から長途五時間、筑豊の飯塚に入ったのは、もう四月初め。
その日は入座二年目の私までが、市民劇場さんの二十周年祝賀会に招かれ、翌日からが例会。
 前進座の例会は、外題が『赤ひげ』でも『ベニスの商人』でも、嘉穂劇場という“芝居小屋”に決まっている。
まして打ってつけの南北もの。
 嘉穂劇場の紹介は、『さんしょう』班のブログに譲るが、このときの公演では大イベントがあった。
 帰京後この『解脱』を国立劇場に掛ける際、大詰の立ち回りに本雨を降らせる。
そのお披露目をこの芝居小屋で、というのだ。
 桟敷席の熱気に包まれて、芝居はいよいよ大詰“絹川堤”。
紅の紅葉散らしの襦袢に片肌脱いだ累と、鎌で立ち回る与右衛門に不時の雨がサァッと降りかかる。
 けぶる霧雨がライトに映え、水を含んだ黒繻子の帯で応戦する累は正に錦絵。
仕事の合間に鳥屋に駆けつけた筆者は、ワクワクしながら見入った。

          20周年
 
 75日の旅に続いて国立大劇場での東京公演。
芳三郎累は、水を含んだ衣装での立ち回り中に頚椎をずらし、全治三ヶ月のムチウチ状態で舞台を勤め続けた。
 千穐楽。
立回りが始まった頃から、一人、また一人と、出番を終えた出演者たちが上手の袖に集まってきた。
虹の架かる本雨の中で、白日夢のような場面に柝の音が響く。
 舞台を降りた累を迎えた拍手の花道が、
75日の旅のラスト・シーンだった。
 

 
         文責☆喜八郎☆

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