Entries
『俊寛』『一夕噺』だより
二つのお祭
ようやく暑さも薄らいで、今年の秋はゆっくりとした足取りでやってくるようです。
秋を待たずに関東に向かっている台風九号が、目下の大心配。
旅立つ『お登勢』班が舞台稽古を終えて荷物を積み込むころに直撃を受けそうです。
前進座の地元、吉祥寺の秋祭には沢山のお神輿が繰り出します。
先週から、街の彼方此方に金ピカの神輿が飾られて、お祭気分を盛り上げています。そのお神輿も昨日今日は雨の中。

幸い、お神輿の出る八日には台風一過、秋晴れが見込まれます。残念ながら『お登勢』班は、その朝、静岡に旅立ってしまうので、勇壮な担ぎっぷりを眼にすることは出来ませんが…。

些細な行き違いから別れてしまった親子夫婦がまた結ばれる『人情一夕噺』。
親子が再会するのは、深川八幡宮の例大祭、その賑わいで永代橋が落ちたこともあるという名代の本祭の真っ只中。
祭と神輿はこのお芝居の隠れた主役です。
中村翫右衛門が工夫した感動的な演出も活かしつつ、半世紀ぶりの再創造。
秋の一夜をお楽しみいただきます。
松涛喜八郎◆記
ようやく暑さも薄らいで、今年の秋はゆっくりとした足取りでやってくるようです。
秋を待たずに関東に向かっている台風九号が、目下の大心配。
旅立つ『お登勢』班が舞台稽古を終えて荷物を積み込むころに直撃を受けそうです。
前進座の地元、吉祥寺の秋祭には沢山のお神輿が繰り出します。
先週から、街の彼方此方に金ピカの神輿が飾られて、お祭気分を盛り上げています。そのお神輿も昨日今日は雨の中。

幸い、お神輿の出る八日には台風一過、秋晴れが見込まれます。残念ながら『お登勢』班は、その朝、静岡に旅立ってしまうので、勇壮な担ぎっぷりを眼にすることは出来ませんが…。

些細な行き違いから別れてしまった親子夫婦がまた結ばれる『人情一夕噺』。
親子が再会するのは、深川八幡宮の例大祭、その賑わいで永代橋が落ちたこともあるという名代の本祭の真っ只中。
祭と神輿はこのお芝居の隠れた主役です。
中村翫右衛門が工夫した感動的な演出も活かしつつ、半世紀ぶりの再創造。
秋の一夜をお楽しみいただきます。
松涛喜八郎◆記
『くず〜い』だより
帯広上陸〜
とうとう『くず〜い 屑屋でござい』の9月巡演が始まりました。
その始まりは、なんと北海道は帯広市です!ちなみに僕は北海道は初めてです。
それはともかく、巡演の初日であり、しかも我ら『くず〜い』班の初北海道公演という歴史的事件というおめでたさダブルのため、メンバーみんなとても意気が上がっておりました。
着いた日には、帯広での公演、さらにはこの先の全国各地への巡演で観ていただくみなさまに多くの感動を与えるための栄養補給をしに、ジンギスカン料理を食べに行きました。
そこで、我らは更なる結束を強め、少人数ではありますが、たくさんの感動を与える班に成長?して、初日を迎えることができました。
公演を観に来てくださった多くのお客さまのお力もいただき、半袖じゃちょっと寒い帯広でしたが、公演はとても熱いものとなりました。
帯広のみなさん。温かいおもてなしありがとうございました。
来年も是非みんなで、帯広を熱くしましょう!
★文:小野文隆

とうとう『くず〜い 屑屋でござい』の9月巡演が始まりました。
その始まりは、なんと北海道は帯広市です!ちなみに僕は北海道は初めてです。
それはともかく、巡演の初日であり、しかも我ら『くず〜い』班の初北海道公演という歴史的事件というおめでたさダブルのため、メンバーみんなとても意気が上がっておりました。
着いた日には、帯広での公演、さらにはこの先の全国各地への巡演で観ていただくみなさまに多くの感動を与えるための栄養補給をしに、ジンギスカン料理を食べに行きました。
そこで、我らは更なる結束を強め、少人数ではありますが、たくさんの感動を与える班に成長?して、初日を迎えることができました。
公演を観に来てくださった多くのお客さまのお力もいただき、半袖じゃちょっと寒い帯広でしたが、公演はとても熱いものとなりました。
帯広のみなさん。温かいおもてなしありがとうございました。
来年も是非みんなで、帯広を熱くしましょう!
★文:小野文隆

『お登勢』だより
矢之輔旅日記2
「お登勢」予告編
このお話の背景には、明治維新の前夜、阿波踊りの徳島・蜂須賀公の藩政で、白足袋を履くことが許された徳島藩士と、浅葱(あさぎ)という薄青色の足袋しか履けずに差別された下士との、対立がおまんねん。
後に稲田騒動として記録された事件、それを引き起こした藩士の一人が加納睦太郎、つまり加納市左衛門である、わての息子でんねん。
一方、襲われたのが稲田という家老の家臣達。浅葱者とさげすまれても、由緒正しい家系の稲田家、その家来だから又家来というわけで、永年受けた侮蔑の反動か、勤皇の志し篤く、常に藩士と対立、その急先鋒の津田貢に、わての娘、志津が惚れたんが事の起こり。
この娘が又我が侭で、貢にするか、はたまた親が決めた藩士の多村慎吾にするか、結局親の反対を押し切って、浅葱者の貢と一緒になったのも束の間、長州藩の密使で明治新政府で出世する佐伯織部の所に転がり込んで夫婦になる。親からすれば、出世する男を追っかける打算娘、苦労しますわ。
とど、稲田一族は北海道・静内へ移住、その開拓に従事させられまんねやけど、貢はうちの女中のお登勢を連れて北海道へ。わてにはそこいら辺がよう判らん。何でうちの女中を、浅葱者の貢が連れて北海道へ行くのやろかしら。まあお芝居はその二人の旅立ちで幕となります、一応は。北海道へ渡った後を知りたい向きには、小百合ネエはんの映画「北の零年」を観とおくんなはれ。
という、まあ「歴史的背景」っちゅう事をひとまず念頭に置いたとして、あくまでもこれは加納家のホームドラマ、そこに奉公しているお登勢を中心に描いた人間模様、TBSとNHKで二回ドラマ化しているジェームス先生ならではの展開を、じっくり楽しんどくなはれ。そこに漂う義太夫の旋律、お登勢と貢の木偶人形、お客はんに楽しんでいただく仕掛けは、舞台上にふんだんに盛り込んでおます。
それは又次回、この日記で。
【藤川矢之輔・記】

稲田騒動、ご当地では「庚午事変」として知られる騒動の、犠牲者の碑の前で。
浅葱者・津田貢の父・津田頼母を勤める、志村智雄。
「お登勢」予告編
このお話の背景には、明治維新の前夜、阿波踊りの徳島・蜂須賀公の藩政で、白足袋を履くことが許された徳島藩士と、浅葱(あさぎ)という薄青色の足袋しか履けずに差別された下士との、対立がおまんねん。
後に稲田騒動として記録された事件、それを引き起こした藩士の一人が加納睦太郎、つまり加納市左衛門である、わての息子でんねん。
一方、襲われたのが稲田という家老の家臣達。浅葱者とさげすまれても、由緒正しい家系の稲田家、その家来だから又家来というわけで、永年受けた侮蔑の反動か、勤皇の志し篤く、常に藩士と対立、その急先鋒の津田貢に、わての娘、志津が惚れたんが事の起こり。
この娘が又我が侭で、貢にするか、はたまた親が決めた藩士の多村慎吾にするか、結局親の反対を押し切って、浅葱者の貢と一緒になったのも束の間、長州藩の密使で明治新政府で出世する佐伯織部の所に転がり込んで夫婦になる。親からすれば、出世する男を追っかける打算娘、苦労しますわ。
とど、稲田一族は北海道・静内へ移住、その開拓に従事させられまんねやけど、貢はうちの女中のお登勢を連れて北海道へ。わてにはそこいら辺がよう判らん。何でうちの女中を、浅葱者の貢が連れて北海道へ行くのやろかしら。まあお芝居はその二人の旅立ちで幕となります、一応は。北海道へ渡った後を知りたい向きには、小百合ネエはんの映画「北の零年」を観とおくんなはれ。
という、まあ「歴史的背景」っちゅう事をひとまず念頭に置いたとして、あくまでもこれは加納家のホームドラマ、そこに奉公しているお登勢を中心に描いた人間模様、TBSとNHKで二回ドラマ化しているジェームス先生ならではの展開を、じっくり楽しんどくなはれ。そこに漂う義太夫の旋律、お登勢と貢の木偶人形、お客はんに楽しんでいただく仕掛けは、舞台上にふんだんに盛り込んでおます。
それは又次回、この日記で。
【藤川矢之輔・記】

稲田騒動、ご当地では「庚午事変」として知られる騒動の、犠牲者の碑の前で。
浅葱者・津田貢の父・津田頼母を勤める、志村智雄。
- カテゴリ : お登勢
- 2007-09-05
- コメント : 0
- トラックバック : -


