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『法然と親鸞』北越だよりⅥ

  上陸の地でばぁすでぃ

 上越は『さんしょう太夫』、親鸞聖人だけでなく、
大河ドラマで放送中の上杉家にもゆかりの地。
 会館の向こうに春日山が見えます。

  春日山城から眺めた上越の町
 写真中央が、上越の会館。
        残念、いい写真撮れませんでした。
 公演前に、親鸞聖人役・嵐圭史の誕生日を前倒しで、祝いました。
本当は公演のない今日31日がバースデー。

            担当:喜八郎
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『法然と親鸞』北越だよりⅤ

          ダブルゆかり
            親鸞上陸の地

 越後に流された親鸞聖人上陸の地、上越で上演。

anzusi
直江津港には安寿とづし王の供養塔、
親鸞聖人の生活したタケガハナの側には
“うば竹”を祀る塚も。



                 担当:喜八郎 ※前進座メールマガジン会員募集中です!チケット先行受付・プレゼント企画など、メルマガ会員限定のお得情報が満載。★登録・購読もちろん無料★ 【前進座メールマガジン】⇦登録はこちらから空メールを送るだけ。

五月国立大劇場公演だより

         慶喜回復


「慶喜さまは殺せない、殺せない。
長く生かして時勢の移り変わりを、
お目にかけずにはいられないのだよ。」
     (『江戸城総攻』第一部
               『江戸城総攻』)


 東京と名の変わった江戸の土を、
ケイキさんが再び踏んだのは三十年後。
 宮城(皇居)と名の変わった江戸城に於いての
明治天皇との会見への尽力は、
海舟のこの世への置き土産となった。

        墨田河畔に立つ海舟像

15年前に海舟が成し遂げた
西郷隆盛の名誉回復が、やはり
その遺児の参内であったように、
“朝敵”の悪名からの回復は
当時この方法しかない。 

 維新を遠く離れ、
“官軍”に勝る軍事力を持つ徳川が
戦争に持ち込んだならばどうなっていたか、
人々は冷静に考えるようになって、
ケイキさんの恭順が再評価され始めていた。

       千住大橋たもとのスサノオ神社の雛飾り

参内の翌日は桃の節句、
ケイキさんは海舟を訪れた。
 海舟は翌年没したが、
ケイキさんは大正時代の初めまで
時勢の移り変わりを
目の当たりにしたのだった。



           喜八郎☆記 ※前進座メールマガジン会員募集中です!チケット先行受付・プレゼント企画など、メルマガ会員限定のお得情報が満載。★登録・購読もちろん無料★ 【前進座メールマガジン】⇦登録はこちらから空メールを送るだけ。

『法然と親鸞』北越だよりⅣ

福井の楽屋は少ないので、

今回は「全員楽屋」
090326_1834~01


二階の楽屋に全員。
仕切りを作り、奥に女優。
手前に、っていうより廊下から男優全員。
ぎっちりでした。
090326_1833~01

珍しい、俳優全員一緒楽屋でした。


高橋佑一郎:記 ※前進座メールマガジン会員募集中です!チケット先行受付・プレゼント企画など、メルマガ会員限定のお得情報が満載。★登録・購読もちろん無料★ 【前進座メールマガジン】⇦登録はこちらから空メールを送るだけ。

五月国立大劇場だより

                1010                 
                      四宿の“へ~!?”


 四宿のもう一つは内藤新宿、今の新宿区。
新宿三丁目から新宿御苑に掛けてのあたり。
甲州街道38次は、終点下諏訪宿で中山道に合流する。
諏訪湖

 万一江戸城陥落の際には、
この道を甲州に逃れることを家康は想定していたという。
この時点では第一宿は高井戸だったが、遠すぎて不便な為、
開府100年経ったころに開設された四宿中最も“新しい宿”場。
 内藤様の屋敷の敷地を利用したから内藤新宿。

 板橋は、宿の中を流れる石神井川に架かる橋の名から。
品川には、その名の流れが通っていた。
異説はあるものの、四宿の名前にはそれなりの謂れがある。
            千住スサノオ神社境内の“千住大橋”

 さて千住は、荒川から千手観音を拾ったからとか、
千寿さんが生まれたところだから、
千葉さんが住んでたから
と説は様々で決定打がない。



             喜八郎☆記 ※前進座メールマガジン会員募集中です!チケット先行受付・プレゼント企画など、メルマガ会員限定のお得情報が満載。★登録・購読もちろん無料★ 【前進座メールマガジン】⇦登録はこちらから空メールを送るだけ。

『法然と親鸞』北越だよりⅢ

「雪だ、雪だよう」
 二日間の魚津を満席の温かい客席で終了。
今日は福井2ステージ。
七時前、突然横殴りの雪が降り始めました。

    表題は、三幕、越後の河原で堤を築く村人たちの台詞。雪の中での作業が大変なのは、舞台の搬入も同じです。



担当:喜八郎 ※前進座メールマガジン会員募集中です!チケット先行受付・プレゼント企画など、メルマガ会員限定のお得情報が満載。★登録・購読もちろん無料★ 【前進座メールマガジン】⇦登録はこちらから空メールを送るだけ。

『さんしょう』旅だより

皆さんこんにちは
      石田 聡です

今回御招き頂いている静岡県コースの巡演は、私にとって入座以来最も参加回数の多いところです。
お邪魔する度に、ああ、あのときはこうだった、このあいだはこんなだった…と自身の軌跡を辿り、感慨深いものが…。

さて今回の『さんしょう太夫』では、奴婢、家人、従者という、全て立場の違う役を頂いています。
数年前と同じ役柄ではありますが、違うのは落ち着きと確信が持ててきた事。
再演の強みは、こんな自分でも少しは進歩してるんだ!と、確認出来ること。
こんなところにも軌跡を再確認。

軌跡の果てである、 を積み重ねてまた振り返ったときに、進化していられる様に、頑張っていきたいと思います。


■石田聡: 記■
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五月国立大劇場公演だより

          大学校事始

 西の緒方洪庵、東の佐藤泰然。

 東西並び立つ蘭学塾が開かれたのは、奇しくも同年。
江戸が東京と変わる30年前だった。

 洪庵の塾は、大阪大学医学部のルーツとなり、
泰然の塾は順天堂大学の基となった。
          懐徳堂も

 神田お玉が池に種痘所が開かれたのは、
維新の丁度十年前。
 火災で移転後、医学所と名を替え、
緒方洪庵らが頭取を勤めた。
洪庵の後、頭取となったのは泰然の息、松本良順。

 この職で無血開城を迎えた良順は、医学所の引渡しも差配する。
同門の関寛斎は、上野戦争の後、
奥州に移った戦場で新政府の野戦病院を担当するが、
良順も同じ奥州で旧幕府方の負傷者治療に当った。
             上野公園

 引き渡された医学所は、広域移転、充実される。
彰義隊・上野戦争で焼け野原となった寛永寺跡が候補に上がるが、
蘭医ボードウィンは強硬に反対し、
中止を勧告するよう本国にも申し入れた。
都市に必須の緑地を破壊することへの異議だった。
        大阪:蘭医ボードウィン滞在地

 移転先は、加賀藩邸跡に変更、東京大学医学部に発展。
上野の山は、公園として現在に残されたのだった。

          喜八郎☆記 ※前進座メールマガジン会員募集中です!チケット先行受付・プレゼント企画など、メルマガ会員限定のお得情報が満載。★登録・購読もちろん無料★ 【前進座メールマガジン】⇦登録はこちらから空メールを送るだけ。

『さんしょう』旅だより

松永ひろむです
『さんしょう太夫』は、長野県上田の市民劇場さんから、
17日清水、
18~20日は静岡の市民劇場さんにやってまいりました。
清水では楽屋に嬉しいひと言、ステキな絵(この絵はどうやら版画ですね)が貼ってありました。

版画に一言が添えられて…  “楽屋札”の下に…

ところで先日、巡演に持っていっているコーヒーメーカーのガラス容器にひびが入ってしまいました。
みなさん、ごまんなさい…  “生活係”より…
劇場の近くに電器店が無かったり、買いに行く機会が無かったのですが、静岡でやっとチャンス到来、無事購入しました。
街に出た時、交差点を渡る時に、信号の音楽が「♪ふ~じは、にーっぽーんいーちーのーやまー♪」だったので、
「あ、なるほどね。さすが静岡」 とちょっとハッピーな気分になりました。


■松永ひろむ:記■ ※前進座メールマガジン会員募集中です!チケット先行受付・プレゼント企画など、メルマガ会員限定のお得情報が満載。★登録・購読もちろん無料★ 【前進座メールマガジン】⇦登録はこちらから空メールを送るだけ。

『法然と親鸞』北越

蜃気楼の街、魚津で初日を迎えました。
立山連峰に抱かれた魚津ミラージュホール。ロビーの窓からの眺めに、思わず『さんしょう太夫』の「山唄」が口をつきました。『法然と親鸞』北越初日でした。


担当:喜八郎
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『法然と親鸞』北越だよりⅠ

いよいよ福井公演だ~っ!

みなさんこんにちは、中嶋宏幸です。
いよいよ福井公演だ~っ!

皆様ご存じかどうか、私は福井県あわら市出身なのです。
3月6日の福井新聞に私の取材記事を載せてもらって以来、じわじわと迫ってくる地元公演に、楽しみな様な不安な様な、何だか微妙な毎日を送っています。
公演は、3月26日に福井市文化会館で昼夜二回行われます。
お近くの方是非是非観に来てくださいませ!
              法名:真仏になる前

私事ですが、文化会館といえば高校時代、文化祭だの吹奏楽コンクールだので、しょっちゅう出入りしていた所で、色んな場所にほろ苦い思い出が残っているのです。
その舞台に役者として立つことができるのも、これまた不思議な気がします。
高校時代には自分が芝居を志すとは微塵も思っていませんでしたから…。
今となってはかなり古くもなり、楽屋が狭いとか、搬入口が高すぎるとか、まぁ色々と劇団内では不満が囁かれる文化会館ですが、私にとっては晴れの舞台だったのです!
いや、今でも晴れの舞台です!

この芝居で私は高田の真仏上人を勤めさせていただいております。
親鸞上人のお弟子で、東国を託され栃木の高田を中心に布教した方です。
他3役も勤めております。
福井のみなさま、どうか宜しくお願いいたします!

今回の公演は、県内のお寺関係の方が派を越えて主催してくださっています。
ただただ感謝申し上げる次第です。
本当にありがとうございます。

追伸
北陸コースで唯一の昼夜二回公演の福井ですが、ソースカツ丼とおろしそばを食べて乗り切りたいと思っています。


◇中嶋宏幸:記◇

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『さんしょう』旅だより

し~ん…
息を詰めて食い入るように見つめる、し~んと静まり返った客席、
上の巻が終わっても、し~ん、
お客様、休憩ですよ、息してますか?
と思った頃、気付いたように拍手をいただく…。

舞台も客席も緊張感に包まれながら、
たくさんの愛情溢れる涙と暖かい拍手をいただき
『さんしよう太夫』は静岡県内を巡演しております。
上演回数九百回を目前にして、財産演目に出演出来るしあわせと責任の重さを一つ一つの公演を重ねながら感じております。
いいお芝居を観つづけたいと頑張っていらっしゃる演劇鑑賞会、
期待に応えようとする創造団体、
双方の発展を心から祈って止まないこの頃です。


■小林 祥子:記■
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五月国立大劇場公演だより

          道中双六
                   四宿の“へ~!?”


 「東海道を下るうち、吉之助の心根に徹して、
感情に撃たれたことが三度ごわす」
 (『江戸城総攻』第三部
       『将軍江戸を去る』)


朝焼けの富士

 地図の上で江戸焼討ちを目論んだ西郷が
実際に江戸の街を見渡したのが品川・御殿山、
と『江戸城総攻』は描く。

 上野寛永寺や飛鳥山と並ぶ桜の名所だった。
西郷が江戸入りした三月上旬は
新暦の四月初め

                 花

 外国船打ち払いの台場建設の為削られた御殿山は
シシュクの一つ品川宿に囲まれるようにあった。
 東海道の出入り口である。 
 現在のJR品川駅の少し南。
因みに品川駅舎があるのは、
品川区ではなく港区。
 江戸時代にはまだ海の中だったところ。

 「今立てば、神奈川辺りで昼飯か」
 「先生、道は東海道ではなく中山道です。
 あれほど桂(小五郎=木戸孝允)さんに言われたでしょう。」
 「そうでした、東海道を行くと先触れして実は裏を行く。
 そこまで手を細こうせんでもええと思うが。
 心配性なんですなぁ、桂さんは。だから病気が治らん。」
        (NHK大河ドラマ『花神』)


 “一日中ヤマミチ”と読み間違えられることもある
“旧中山道”の出入り口板橋宿の場合、
JR板橋は西口を出ると板橋区だが、
東口は北区、ホームの殆どは豊島区にある。

 内陸を進むナカセンドウはその旅路の終わりに
海沿いの東海道と合流して
京都三条大橋で上がる。
中山道69次だから、東海道より宿場の数は16多い。



 「長々と馬鹿話で、東海道を、
京都から遥遥と品川まで着きました」
 (『江戸城総攻』第三部
        『将軍江戸を去る』)



 ケイキさんが旅立つ千住の場合、
橋の両側に宿場があったので、
現在の区分では荒川区と
川向こうの足立区とに跨っている。

 五街道の奥州街道27次と日光街道21次とは、
宇都宮までの17宿を共有している。
 ケイキが行く水戸街道は
千住宿を共有するばかりである。



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『さんしょう』旅だより

こんにちは
藤井偉策です。
僕は今『さんしょう太夫』の巡演で静岡県にいます。
僕は今花粉症に苦しんでおります!
この作品では僕は殆んど舞台に居るので(これは嬉しいのですが)、
花粉が沢山飛んでいるとき、辛いです。
でも僕の好きな作品に出演させてもらっているので、花粉に負けずに頑張ります。

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『龍の子』旅だより

ありがとうございました
ご挨拶が遅れましたが、今回『龍の子太郎』に携わったすべての皆さん、ありがとうございました。
公演は無事2月22日、神奈川県大和市の公演をもって一旦終了いたしました。
今回、太郎を演じた池田さん、あや役の有田さんの新人を含め、初参加のひろむくん。
皆、感慨深いものがあったようです。
特に初旅、初主演の舞美ちゃんは今回得たものが大きかったようで「太郎」をしっかり演じきってくれました。
そして私達初演のメンバーも新メンバーやお客さま達に刺激を受け、それぞれが一歩づつ飛躍が出来たのではないかと思います。
新生『龍の子太郎』の旅はまだつづきます。
これかもいろいろな所から刺激を受け龍のごとく翔んで行きたいと思います。
これからも『龍の子太郎』をよろしくお願いします。


PS.
1月下旬、初日の川口でいただいたカーテンコールの花束のバラの茎から新芽が出ました。
いま『さんしょう太夫』の旅で長期に家を空けているので東京の事務のかたに託して行きました。
春…新たな命が芽吹きますように…。


☆寺田昌樹:記☆ ※前進座メールマガジン会員募集中です!チケット先行受付・プレゼント企画など、メルマガ会員限定のお得情報が満載。★登録・購読もちろん無料★ 【前進座メールマガジン】⇦登録はこちらから空メールを送るだけ。

五月国立大劇場公演だより

           寛斎記す



 松本良順は、佐倉・順天堂を
開いた佐藤泰然の次男。
佐藤泰然は、元々高野長英の弟子。
 佐倉順天堂で学び、松本良順と共に長崎で学んだ
関寛斎は、阿波徳島藩に仕えた。
『お登勢』に描かれた頃の話である。

           淡路洲本のお登勢の碑

 順天堂と並び称される
適塾出身の長州・大村益次郎に乞われた寛斎は
彰義隊・上野戦争の野戦病院を担当した。

 野戦病院で寛斎がつけた治療記録に、益満休之助の名がある。


「去年の暮、市中に火付け強盗を働いて動乱を企てた張本人でございましょう」
「そうだ、西郷吉之助の懐小刀と言われた男だ」
  (『江戸城総攻』
         第一部『江戸城総攻』)
  



 マスミツは、歴史の教科書には出てこない。
薩摩が幕府攻撃の口実を作るための挑発活動後、江戸で逮捕。
処刑されるところを勝海舟に引き取られ、
無血開城交渉の為のホット・ラインの役割を果たした。

「こいつ、帰って来た。
精鋭隊の山岡鉄太郎をつれて、
慶喜の命乞いに来たと言っとる」
(『江戸城総攻』第二部
      『慶喜命乞』)


 無血開城後の、
上野戦争で薩摩は、激戦区
黒門口を攻めた。

 寛斎が記したマスミツのカルテは

     右膝下部貫通銃創 脛骨挫傷

五日後横浜の軍陣病院に送られたが

     テタヌスにて二十六日死ス


 テタヌスつまり破傷風。
        コッホ北里神社は、白金の北里研究所大学構内にある


オランダ医学からドイツ医学に転じた明治日本で、
北里柴三郎博士が原因菌を発見する
20年前。
原因も治療法も未だ解明されていなかった。


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五月国立大劇場公演だより

              大橋
                        四宿の“へ~?!”壱




 「それが江戸の地の最果てでござりまする……。」
     (『江戸城総攻』第三部
             『将軍江戸を去る』)

      公共工事の塀に描かれた江戸の千住大橋

 『江戸城総攻』一部を発表した時の三部作構想では、
青果先生、三月十四日の
西郷・勝会談までしか語っていないが、
無血開城が実施されるのは、
会談から一月近く後の四月十一日。
             〝壁面の浮世絵"
 この早朝、江戸の果て・千住大橋,で
江戸の人々に送られる
最後の将軍の姿が
三部作を〆ることになった。

         
日本橋は現在も道路原票があるところ

 江戸の幹線道路“五街道ゴカイドウ”の基点は日本橋だが、
旅立ちの見送りや出迎えは、
江戸の出入り口である“四宿シシュク”。
 
 品川、板橋、内藤新宿そして千住センジュがそれ。
                   P1030981.jpg

街道の数より少ないのは、
千住が奥州街道・日光街道ふたつの出入り口を兼ねているから。

                      現在の水戸街道

 ケイキさんの四泊五日水戸への旅路は、
准幹線道路・水戸街道だが、この出発点も千住。

 現在、荒川区と足立区とを結ぶ千住大橋は、
1594(文禄3)年に架けられた。
 
 現在の隅田川は、
鉄道・高速道路・ガス・水道の橋と40近い橋が架かる
活きた架橋博物館。
橋、橋々

 その第一号が千住。
第二号の両国橋が架けられるまでの60年余りは、
只“大橋”で通っていた。
           伊奈半左衛門も新田次郎先生も、白い花が好きだった

 家康に命じられてこの大橋を架けたのは、
『怒る富士』の伊奈半左衛門忠順の
高祖父―ひいひいお爺さん―
伊奈備前守忠次だった。


               喜八郎☆記

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外部出演だより

松永ひろむです
2月末、1日だけTVドラマの撮影に参加させてもらいました。
『藤川道場物語』
下町の柔道場の先生を中心に、道場に通うあるお父さんの奮闘を描いた物語です。
とても身近かで心温まる、元気になれるお話です。
主演は的場浩司さん。
他に八十田勇一さん、上田耕一さん、竹中里美さん。
私は柔道仲間の鈴木役です。
先に言っときます。
私は「ちょこっと」ですf(^_^)
しかしこれから、私達座の若手が外部出演する機会が少しずつ積み重なって行けばいいな、と願っています。

放送は、
3/21(土)
22:00~22:25
NHK BS hi
私が初めて創ったドラマ
藤川道場物語
奮闘・成瀬さん


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五月国立大劇場公演だより

           将軍と蘭方医と

「上様はご病気であろう。
奥医師は何をしておる。いや、
蘭癖の上様に漢方は合うまい、
                松本良順をお呼びなさい。」
(『江戸城総攻』第三部『将軍江戸を去る』)


 江戸退去を逡巡するケイキ公への
諫言に訪れた鉄舟=山岡鉄太郎の言葉は
聞こえよがしの皮肉を含んでいるが、
ケイキ=慶喜の西洋好きは事実。
 豚肉をよく食し、“豚一殿”と仇名されたのも有名。

 
 奥御医師を拝命した蘭医・
松本良順は、将軍補佐役として京にあった頃の
ケイキ公を既に治療している。
 
 ケイキの宿所は、渉成園。
カラタチの生垣に囲まれた所から枳殻邸とも呼ばれた。

 真宗本廟―真宗大谷派・通称東本願寺-から東1丁の
飛び地にある名園。
 ケイキは此処をいたく気に入り、
“渉成園”の額は、ケイキの筆になる。



「江戸の地よ、江戸の人よ、さらば」
 (『江戸城総攻』第三部 『将軍江戸を去る』)


 自分を斬りに来た近藤勇と義兄弟の契りを結んだ
良順は、江戸無血開城の後、北に走って会津戦争の軍医となるのだが、
無血開城のその日、
江戸の北の果て、千住大橋に
最後の将軍を見送っている。



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『さんしょう』旅だより

こんにちは(o^-^o)
『さんしょう太夫』班の高柳育子です。
初日の松本から浜松市へ。
そして菊川での公演が無事に終わりました。


初日の松本では、遠くに白い山が見え、まさに、二幕目の語りの通り、♪「山は白雪~」でした。
菊川公演日は、春めいた一日で、搬入中は、Tシャツでも平気なくらいでした。
楽屋に果物をたくさん頂いた中にとてもユニークな形の苺がありました。
まるで、扇みたいです。
何気なく口に運ぶ苺も、一つ一つ、またとはないオンリーワン、いちご一会(?)。
毎日の舞台も、二度と繰り返せない、一期一会の出会いです。
さんしょう太夫の説経師一同、元気に旅を続けてまいります!


◆高柳育子:記◆
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五月国立大劇場公演だより

     まぼろしの『佐吉』

 『元禄忠臣蔵』系統的上演の最終篇
『大石最後の一日』の上演は 
第一弾上演からほぼ三年。
1943年の末だった。
 その打ち上げの日、吉祥寺前進座の大食堂で
通し上演完成祝いの宴が開かれた。
その乾杯のビールの味は如何ばかりかと
“涙がこぼれる”と、
演出の巌谷槙一氏は30年の後も
面々の辛苦を回想する。
 

 翌年、真山青果『荒川の佐吉』の稽古が
始まった。
 更に厳しい戦時色の中、侠客の題名では駄目で
『天保江戸桜』と改題して許可が下りた。
 合方を入れた面白い味付けで
演出としても“いささか悦に入っていた”が、
東劇での舞台稽古の日に発令されたのが
決戦非常措置要項。

 東劇も筋向いの歌舞伎座も
初日目前に閉鎖されたのだった。


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『法然と親鸞』大阪だよりⅩⅢ 完

          風と私
                     幟

 皆さんこんにちは、亀井です。
大阪公演もいよいよ大詰めです。
法然上人の弟子信空と山伏明琳房など三役を演じています。
                   
今回の公演には四人の強力な助っ人が参加して下さっています。
劇団俳優座
ーこの公演中の二月に65周年を迎えられましたー
の面々です。

              
 簡単ですが私から紹介させていただきます  
       ☆
斉藤隆介さん。
昨年末の巡演から参加して下さっています。
 浄心房など全六役 一見クールに見えるが
なかなか剽軽なところもあり
 男前。
 楽屋では最近静か。 
         亀井君と一緒の山伏。尚、比較の為のマッチ棒いやマッチ箱の役で全写真に登場します。

本人コメント「亀井さんとやっている山伏が一番楽しいです」
                ☆
  林宏和さん
    林さんと亀井君。
 
今回初参加して下さっています
 法師武者義正など全四役 
モデル経験もある長身のナイスガイ
 ちなみに私と誕生日が一週間違い
 男前。
 楽屋では静か
 本人コメント「日々勉強させて頂いてます」
                  ☆
 三浦英明さん
 林さんと共に今回初参加 良仙房など全五役
 俳優座一の長身 私とは20センチ以上の差が…
           一目瞭然

 「ある場面」では毎日客席を沸かせてます
 男前
 楽屋では静か
 本人コメント「修行中です」
                  ☆
 小田和毅さん
前回の巡演から参加して下さっています
山伏行秀房など全六役
 毎朝立ち回りの稽古をしたり熱心な青年だが、
時々訳の分からない事を話かけられるので
返事に困ります
近々声楽の発表会にでるそうですよ
 個性派
楽屋では時々奇声を発し皆に気味悪がられています
             三幕の小田さんと亀井君

本人コメント「日々工夫」


皆さんびっくりする位に一所懸命で
今回の舞台をいいものにして下さっていますし、
新鮮な風を吹き込んでくれています
お芝居を御覧になる時は私だけではなく
俳優座の面々もぜひ注目して下さい!



                     亀井栄克☆記




           次は北陸で 
            文楽劇場

有難うございました。さて、

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『さんしょう』旅だより

初日です!
3月4日、『さんしょう太夫』の幕が信州は松本で開きました。
前日の夜半に降った雪の影響を心配しての旅立ちでしたが、幸いに冷え込まず、まずまずの出発です。
 
今回の初日は、私にとってかなり特別な日だったのです。
松本は私の故郷。
過去に何度か松本公演には参加していますが、市民劇場さんの例会に出演するのは今回が初めてです。
そしてもう一つ。『さんしょう太夫』で例会に参加できたという事です。
子供の頃、この『さんしょう太夫』を観て心を揺り動かされたのですが、特に「伊勢のこはぎ」という登場人物の言葉が心に残っていました。
その「伊勢のこはぎ」役を頂いて松本の例会に参加できるとは、何か不思議な縁を感じてしまいます。
  
運営サークルの皆さんがご用意下さったおにぎりやお漬物、干し柿など、手作りのお料理(菜葉や柿、お味噌にいたるまで、育てるところから手作り!)で腹ごしらえはバッチリ!
大きな口で…
サークルの皆さんと共に初日の集いをして公演に臨みました。
巡演の無事と成功を祈って…

幕が開くと、客席は咳一つも聞こえないほどの静けさで、物凄い集中力で観て下さっているのが感じられました。
翌5日の公演でも、静寂の中で客席と舞台が一つに解け合っていくような、生の舞台独特の心地良い緊張感が満ちていました。 
 
2日間の公演も無事に終わり、本隊は貸切バスで静岡の浜松北へ。
私は諸先輩と共に交流会に参加させて頂いて帰京してきました。
もっと時間があれば、班の仲間に松本のお薦めスポットを紹介したかったのですが・・・。
ちょっと残念!
でも、4日には天気が悪く半分諦めかけていた北アルプスが、5日には、真っ白に輝いて見事に展望できたのはラッキーでした!

全国の皆さん、松本はとっても素敵な街ですよ!
是非お越し下さいね!!


◆北澤知奈美:記◆ ※前進座メールマガジン会員募集中です!チケット先行受付・プレゼント企画など、メルマガ会員限定のお得情報が満載。★登録・購読もちろん無料★ 【前進座メールマガジン】⇦登録はこちらから空メールを送るだけ。

五月国立大劇場公演だより

 勝ち勝ち山

 「まずいッ!」


高座の圓喬はドキリとした。
師匠圓朝の名作『牡丹燈籠』、忠僕・孝助が
槍をしごいてグッと突いた所だった。

 声は一番前に座った老人だった。
槍の名手で知られたその老人を訪ねて、
教えを請うた圓喬は、
翌月、無事に真打披露を祝った。

              
               狸団子

 維新の年、無血開城の使者に
鉄舟=山岡鉄太郎を推薦した
泥舟=高橋精一郎がその老人。

槍の家・山岡家に生まれ、高橋家に養子に入った。
妹を娶って山岡家を継いだ鉄舟の義兄に当たる。

海舟=勝麟太郎や鉄舟らは、
維新後、新政府で要職を勤めたが、
高橋は

狸にはあらぬわが身も つちの舟
 こぎいださぬが かちかちの山

と詠んで、慶喜に殉じて在野に暮らしたのだった。 



                   喜八郎☆記 ※前進座メールマガジン会員募集中です!チケット先行受付・プレゼント企画など、メルマガ会員限定のお得情報が満載。★登録・購読もちろん無料★ 【前進座メールマガジン】⇦登録はこちらから空メールを送るだけ。

『法然と親鸞』大阪だよりⅩⅡ

          すごいことをする劇団


暖簾の前で

 法然上人にとって初めての在家の弟子夫婦
―茂右衛門
茂右衛門の辰三郎:絶好調とお虎―
心優しい夫に支えられ、偉大な上人に導かれて
さぞ仕合せな人生を過ごしたであろう
お虎さんを、一昨年の南座より演らせて頂いています。

 この役は以前『法然』というお芝居の折は
大先輩の戸田千代子さんが
おやりになっていました。
老後のお虎さん

 又、私が入座したての三十八年前、
前進座は吉川英治原作の『親鸞』を数年間かけて上演しており、
その後半の旅途中、
突然“玉日姫”というヒロインに
大抜擢され大変驚いたのが懐かしい想い出です。
前進座って
すごいことをする劇団
だったのです。

 その時はサバミちゃん事、
現・小佐川源次郎さんも
一緒でした。
当時は本名の小鯖勇でした。法然上人親鸞聖人と縁深い二役で登場する現・源次郎の栃之助

 この『法然と親鸞』一ヶ月以上にわたる
大阪文楽劇場での公演も残りあとわずか。
昨年暮の旅中に倒れ、今リハビリに励む友を思うにつけ、
今日も無事に舞台に立てるありがたさを
かみ締めている
田中世津子なのであります。
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『さんしょう』旅だより

づし王役の竹下雅臣です
九州、首都圏の演劇鑑賞会さんに続いての『さんしょう太夫』の公演が始まります。
今回は長野、静岡の演劇鑑賞会さんにお世話になります。

今回お稽古に入る前に思った事があります。
『さんしょう太夫』の稽古入前まで『龍の子太郎』の巡演をしてました。
太郎が「おら、たくさんの人に助けられて、ここまで来たんじゃなぁ。それどころじゃねぇ、いろんな人のおかげで、今まで生きてきたんじゃなぁ」と言う場面があります。
龍の子太郎のテーマの一つである、素敵な言葉です。
まさしく私もこのセリフのとおり、いろんな人に支えられづし王を演じています。
親、兄弟、友達、前進座の皆さん。
特に演劇鑑賞さんには支えられ育てていただいてると言って間違いありません。

この事をおもいながら、新たな気持ちで台本に向かいづし王を成長させています。

芝居に完成はないと言います。
毎日課題の山積みで、もがきながら稽古しています。

今回の公演でほんの少しでも成長した姿を観ていただきたいですし、会員さんとの出会いで成長させていただけるのを楽しみにしています。


「『さんしょう太夫』良かったよ!」「感動した!」と言っていただけるよう、新鮮な気持ちで頑張ります!!


◆竹下雅臣:記
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五月国立大劇場公演だより

       仕合せな役者


 系統的上演も大詰に近い『泉岳寺の一日』では
第一弾上演時と同じ
一言の台詞に2~3時間の稽古が復活した。

 四十七士など群集が登場する場面を纏めるのは大変。
 前進座の『元禄忠臣蔵』は
劇団の強みと徹底した稽古とで
成果を挙げ、
『元禄忠臣蔵』の世界が一人一人の身体に染込んでいた。

 が、これまでの上演を担った若手中堅の俳優の多くが
『泉岳寺ー』の前に出征してしまっていたのだった。

                   花道

 前進座創立の年に起きた満州事変は、この国を15年間の戦争に導き、
系統的上演の始まった二年前に対米戦争に発展していた。
 

 第一弾の汐田又之丞で熱演につぐ熱演を見せた
市川莚司=加東大介も、道頓堀の小屋の花道七三にトーンと突いた
『新門辰五郎』の纏マトイを名残りに赤紙に引っ張られていた。
                 
 南方ニューギニア戦線で、
消沈する兵士のケアの為に劇団組織を命じられた彼は
戦地でも『瞼の母』などの舞台に立った。
死と背中合わせの役者と観客は、束の間の舞台に燃焼した。

 復員して、無断上演を詫びに訪れた加東大介に
“無断上演などどうでもいい。
そういう観客と舞台をつくった君は幸せな役者だ”と
作者・長谷川伸は答えた。

 幸せな役者だった自分は
これからも役者であることを大切に生きなければ
戦地の仲間に申し訳が立たない、
そんな感懐で
『南の島に雪が降る』(加東大介)は、結ばれている。


           喜八郎☆記 ※前進座メールマガジン会員募集中です!チケット先行受付・プレゼント企画など、メルマガ会員限定のお得情報が満載。★登録・購読もちろん無料★ 【前進座メールマガジン】⇦登録はこちらから空メールを送るだけ。

『法然と親鸞』大阪だよりⅩⅠ

     今夜も雪で眠れない       
 
 舞台監督助手の岡本です

                  『法然と親鸞』巡演の一齣

 この『法然と親鸞』の芝居は今回で三回目なのですが、
今回ははじめてやる事が多いです。
今までは字幕のスライドを担当していました。
舞台装置の転換などのキッカケ(タイミング)は
初めて経験することばかりです。
                劇団賞

スライドでも、フェード・イン、フェード・アウトのキッカケはありましたが、
それとは緊張感が全然違います。
やはり役者との絡みがあるので、間違えられないのです
(あ、スライドも間違えられませんが)。

               雪を降らす

                   

 特に雪降らしは、降り始めから激しくなったり小降りになったりの
生け殺しが自然に見えなけれはいけないので、
その微妙な力加減に苦悩している毎日です。

  本番中は振り具合を見られないので手に感覚を覚えこませる 
 お客様に喜んでいただけるよう
残りの日々もがんばって行きたいと
思います。

 岡本尚之☆記
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五月国立大劇場公演だより

          おもて看板

 公演の合間に抜き稽古、
中座の公演を打ち出した夜九時から
二階の大部屋楽屋で全体稽古という日々だった。
 
 演出の巌谷槙一氏も
深夜ヘトヘトになって近くの福田屋旅館へ。
コロ(鯨の脂身)の味を覚えたのは
帰途に一息ついた道頓堀の屋台でだった。
中座の櫓

 第二弾、第三弾と回を重ねると
端々の役までが青果の台詞術を掴み、
『元禄忠臣蔵』の世界に溶け込んでいった。


 『御浜御殿綱豊卿』は
初演でも苦労した一篇。
 奥女中が男装をして戯れるのだから、
女形では駄目。女優を男装させて出せというのが作者の指定。

 その他衣裳のことなどでいろいろと
大汗をかいた作品だが、
何よりの難関は
二世左團次も苦しんだ台詞の長さ。

 初演では半分に縮めたこの一篇を
ノー・カット上演という大冒険。
 翫右衛門・長十郎の丁々発止のやり取りは勿論、 
国太郎が発案した
新橋綺麗どころの弾き唄い出演作戦などが
効を奏し、ダレることなく好評を博した。

 『元禄忠臣蔵』は、前進座の表看板になっていた。



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