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『江戸城総攻』号外

はとバスで“芝居塾”
薫風の5月は、もうすぐです!!
国立劇場公演の初日まで残すところ2週間を切り、『江戸城総攻』『左の腕』ともに稽古場は、ヒートアップ。
皆様!乞うご期待!!


ところで、先日(4月19日)、この芝居に先駆けて、前進座友の会の皆様を対象に、恒例の“芝居塾”が開催されました。
今年の芝居塾は、めずらしい‘はとバス’ツアー。
ツアー募集当時から好評で、あっと言う間に定員オーバー。

3台の‘はとバス’は、春爛漫、快晴にめぐまれて、早朝の新宿を、満席で出発。
1号車は、菊之丞さんと黒河内さん、2号車には、広也さんと北澤さん、3号車は、中嶋さんと私・横澤が同乗。
‘はとバス’乗車は生まれて初めてと言うメンバーもいて、賑やかに、ツアーが始まりました。
はとバスの前で… 広也さんと北澤さん

皇居平川門を車窓から眺め、初めに着いたのは、皇居東御苑。
大手門には、若手の男優さん達がお出迎え。
入園票を受け取って、ガイドさんの案内で、散策開始。
「この入園票、無くすと、戸籍まで調べられて、身元が保障されるまで、ここから出られませんから気をつけて下さいね~」
ガイドさんの何気ない注意に、ちょっと緊張。
大奥や中奥の跡、松の廊下の跡……
今は整備された芝生に、碑が建っているだけですが、それでも、ガイドさんの巧みな案内に創造力が、かきたてられました。
松の大廊下跡の碑「ここで浅野内匠頭が…」  ガイドさんの説明を聞きながら…
石垣の大きさにも圧倒され、我々の先祖の技術力にも驚きました。
「石垣のひとつひとつに、印があって、どの藩から運ばれたか、その藩の人にはわかるんですよ」と、ガイドさん。
一同またまたびっくり。
大きな石を積んだ石垣  皇居の八重桜 

入園票を無くした方もなく、全員無事に皇居を後にし、浜離宮、薩摩藩蔵屋敷跡や上屋敷跡を車窓から見学しながら、3台の黄色いバスは、都心を走ります。
連なって走るはとバス
それにしても、ガイドさんの案内は、実にお見事!
録音して他の出演者にもお聞かせしたい。
西郷・勝会見の地の碑の説明なども、歴史的背景も踏まえ、わかりやすく説明して下さり、首都東京と江戸の話を織り交ぜながら、よどみなく、途切れることなく、案内が続きます。
プロは、すごい!!

次の目的地は、増上寺。
普段は見学できない、徳川将軍家の霊廟まで入ることができました。
増上寺は、偶然にも、お祭りで、お神輿が、本堂まで担ぎ上げられる様は、圧巻でした。
お寺でも、お神輿なんだ……。
何だか不思議な感覚で、ちょっと得した気分です。
増上寺でも、6人の男優さん達が合流し、『法然と親鸞』に出演する俳優たちは、勢至丸の銅像の前でも、記念撮影。
本堂まで担ぎ上げられたお神輿  法然上人の幼少期 勢至丸の像
歴代の将軍さま達が眠る霊廟の静けさと対照的に、活気あふれる増上寺境内を後にし、一行は、昼食会場・“割烹 三州屋”さんへ。

ここでは、圭史さん、矢之輔さん、國太郎さん、佑一郎さん、美咲さんが、合流。
それぞれ、お芝居の見所などを楽しく語り、大いに交流しながら、お食事をいだだきました。
ご挨拶する圭史さん

午後のコースは、上野公園の散策。
西郷隆盛像の前に待っていたのは、犬の根付をぶら下げた、前進座の西郷さんこと矢之輔さん。
西郷さんの像の前で パチリッ
何と、この根付、午前中に愛宕山に登り、わざわざこのために購入されたとか……。
先輩のサービス精神に頭が下がります。
お疲れ様です。
彰義隊の碑や、清水観音堂、寛永寺旧本坊表門などたっぷり散策しました。
上野公園のエスコート役は、午前中に各地で出迎えた12名の俳優たち。
班ごとのプラカードをあげて… エスコートの男優さん達
総勢130名を超える一行は、人ごみの上野公園で、迷子になる人もなく、お怪我もなく無事に帰路に着きました。

今回、ツアーに参加していただきました皆様、いろいろ不備もありまして、ご迷惑もおかけしましたが、楽しんでいただけましたでしょうか?
私は、とっても楽しかったです。
参加者皆様のご協力で、素敵な芝居塾になったような気がします。
本当にありがとうございました。
お芝居の方も、必ずいらして下さいね。


☆横澤 寛美:記☆
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『江戸城総攻/左の腕』だより

衣裳合わせがありました  

『江戸城総攻/左の腕』の稽古始まっています。

先日、江戸城総攻の衣裳合わせがありました。

官軍、幕府軍の軍服合わせですが、
まるで学生服のようです。
衣裳合わせ1

こちらは演出家の話を聞いているところでですが、
まるで学生が先生の話を聞いてる図のようです。
衣裳合わせ2

高校生ではなく、
みんなちゃんと官軍、幕府軍に見えるよう
稽古に励んでいます。


佑一郎

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『さんしょう』旅だより号外

思い出の記…
    富士宮公演を振り返って

4月1日、富士のお山に抱かれているまち『富士宮』駅に降り立った途端、空は明るいのにシャワーの様な雨が!
でもホテルは駅前…ヨシこのまま行ってしまえ!と、ロータリーの段差を乗り越え、大きな荷物をゴロゴロ引っ張って雨の中を傘もささずに斜めに突っ切る中年(?)の男女8人!
客待ちのタクシーの運転手さんたちも呆れ顔。
ホテルにチェックインののち楽屋入り…
さき程の雨がウソの様に晴れあがってしまったので、取り出した傘をまた部屋に置きに戻って出かけたとたんまたもや降り始めた雨!
相変わらず空は明るい…何だかおキツネ様にでも馬鹿された様な気分。
でも富士の裾野の大地に音もなく真っ直ぐにしみ込んでいく雨はまさしく春雨!
この季節ならではの清々しい風情があり…などと感傷にひたりながらも、今日の例会にお運び下さる会員のみな様の足元は…等とすぐに現実的に考えてしまいました。


が、しかし!
そんな天候にも関わらず、客席を埋めたたくさんのお客様…その熱い視線と息遣いが、幕開き客席通路から登場した途端、全身に伝わってきました。
ホール入り口の(何故か郷愁を誘う趣きの)アーチには『住みなれた私たちの街で感動のひと時を』の文字。
会場入口のアーチ
鮮やかに彩られたそのアーチをくぐって入場する会員さんたちは、舞台への期待がMAXに高まっていくのでしょう(私たち出演者は残念ながらその瞬間をみることができませんが…)。
そして富士宮のみな様方はことのほか豊かな感情をお持ちの様で、
[上の巻]の直井の浦での船上の母子の別れの段階で早くもハンカチがあちらこちらで動きはじめ、
由良のさんしょう太夫の館に売られた安寿が桶ひしゃくを波に流されて「波になりたや…かもめになりたや~」と唄う頃には、方々で鼻をすする音と共にハンカチがあまり動かなくなり…目の下に当てたまま、或いは鼻と口まですっぽり被ったまま、という方が続出。


終演後は、興奮醒めやらず…の担当サークルのみな様と名物の《富士宮やきそば》を頂きながらの交流会。
「今まで観た中で一番よかったぁ~」
「泣いた泣いた…あ、思い出すだけでまた泣けてくる」
「照明も語りも演出も最高でした!」
「あんじゅさんどこからあんな声出るの?」
「感動した!京都南座の阿国も素晴らしかった…来年の例会も担当します!」
「ずし王かわいい!頑張って~!応援します」
「やっぱり2幕からだけではあかんなぁ(???)」
などなどのお声を頂戴しました。


翌日はマチネのみ。
昨日とはうってかわり、初夏の様な暖かさで、すっきりと晴れわたった青い空を背景にまだ山頂に雪を頂いた富士のお山がどっしりとそびえたち、浅間大社の満開の桜を近景にして カメラを構える人々の姿が…かくいう私も開演前に携帯電話のカメラでひとり撮影会。
富士のお山と桜  鳥居の朱が美しい…
どれもややピンぼけなのは携帯の画素数のせいにして…雰囲気だけでも見て下さい。
終演後は浅間大社の大鳥居の正面にある焼きそばの屋台村の様な処で、前園、松浦、祥子、柳生、妻倉でいろいろなお店の様々な味付けの焼きそばを各人買い求めて食べ比べ…
それぞれに美味しくてあっという間に完食!
満足してお腹をなでてから「あ、写真撮ればよかった」と後悔するもあとの祭り。
久しぶりにまだ明るいうちに仕事が終り、名物の焼きそばに満足して暮れ始めた富士宮の街に其々散って行ったのでした。
(因みに前園さんはショッピング、祥ちゃんは温泉、私は岩盤浴、男性陣は…飲み?かな?)


全国を公演で巡っても、東京生まれで故郷といえる処がない私ですが、3月22日に総会に出席させて頂いて、10日後に再び訪れた富士宮の街、ふるさとに帰ってきた様な気分がして、思わず「ただいま」と呟いてしまったことでした。
『さんしょう太夫』静岡コースは桜と共に4月7日、下田の千穐楽まであとひと息です。


妻倉和子:記 ※前進座メールマガジン会員募集中です!チケット先行受付・プレゼント企画など、メルマガ会員限定のお得情報が満載。★登録・購読もちろん無料★ 【前進座メールマガジン】⇦登録はこちらから空メールを送るだけ。

『さんしょう』旅だより

づし王役の竹下雅臣です。
長野、静岡演劇鑑賞会さんでの『さんしょう太夫』公演、無事千穐楽を迎えました。
会員さんの温かい拍手に支えられて舞台に立つ事が出来ました。
ありがとうございました。

今回の公演で改めて自分と向き合う事が出来ました。
自分の未熟さ心の弱さ。
その事で迷惑をかけた事もありました。
この経験が次の段階へのステップと信じ、づし王と共に成長していきたいです。

そして演劇鑑賞会のみなさんが何ヵ月も前から準備をして、一人でも仲間を増やす為に努力して我々を迎えて頂いてる事を絶対に忘れてはいけません。

今回の経験と会員さんへの感謝の想いを大事にして、次の『さんしょう太夫』の公演につなげたいと思います。

ありがとうございました。


☆竹下雅臣:記☆ ※前進座メールマガジン会員募集中です!チケット先行受付・プレゼント企画など、メルマガ会員限定のお得情報が満載。★登録・購読もちろん無料★ 【前進座メールマガジン】⇦登録はこちらから空メールを送るだけ。

『さんしょう』旅だより

『さんしよう太夫』間もなく千穐楽
3月4日から始まった巡演もあと2ステージでおしまいとなります。
厚手のコートから春コートに変わり、
満開の
富士山に抱かれ大切な作品を大切に演じて
間もなく帰京いたします。


あんじゅ(小林祥子) ※前進座メールマガジン会員募集中です!チケット先行受付・プレゼント企画など、メルマガ会員限定のお得情報が満載。★登録・購読もちろん無料★ 【前進座メールマガジン】⇦登録はこちらから空メールを送るだけ。

『さんしょう』旅だより

こんにちは
  上滝啓太郎です


『さんしょう太夫』の中では、
さんしょう太夫の配下の家人と立身出世した後のづし王の配下の従者という立場の、
相対した役で出演しています。
これは人数が足りないから役を兼任しているのではありません。
『さんしょう太夫』というお芝居は、説経師があんじゅとづし王の物語を人々に語って聞かせているという構成です。
僕たち出演者は役を演じていても常に説経師としての一面をもっているのです。
なので、一人が何役も演じる事や舞台装置が一つだけなのは至極当然なのです。


上滝啓太郎 :記
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『さんしょう』旅だより

“心”を結ぶ竹の木霊
「づし王、お聞き。奴婢たちのあの声を…」
「己れが奴婢の身となって初めて知った人の心…」

下の巻(第2幕)冒頭、あんじゅがづし王をこんこんと諭して弟を山から逃がそうとするこの場面。
私が『さんしょう太夫』全編を通じて一番好きなところはまさにこの場面です。
この時私は客席に最も近い場所、下手前の語り台にずっと座っています。
奴婢たちは“山唄”という哀しくも美しい唄を唄って、づし王が無事に逃げられるようにと連絡を取り合っています。
私の仕事はその“山唄”に合わせて、山々に響きわたる竹の木霊(こだま)を打ち鳴らすことです。
大きな竹の筒を手に持ちバチでそれを打ち、音を響かせるのですが、私の役目は極めて重要です。
何故ならこの竹こだまは安寿の心、奴婢の心と観客の心を繋げる大切な音だからです。
どうしても気持ちが先行してしまってうまく鳴らせないこともしばしばなのですが、竹の音が会場いっぱいにこだまする時、私は無上の喜びを感じます。
舞台と客席の皆さんの心が一つになった瞬間に感動します。

今夜は島田公演でした。
本当に凄かったです。2度のカーテンコールが終わっても尚も客席の拍手は鳴り止まず、竹下づし王君は遂に3度目のカーテンコールに登場したのでありました。


残り8ステージ…“心”を“命”を結ぶ竹こだまを、私は大切に一生懸命打ち続けます。
(3月28日 記)
柳生啓介
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『法然と親鸞』北越便りⅩ完

     187本のチューリップを・・・
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 北越コースも、今日4月9日
チューリップの里・砺波で千穐樂。
 主催の皆さまから、
「京都で観た初演とは、別のお芝居。
お芝居は生き物で、成長しているのですね。」
とうれしいお言葉を頂きました。
今日で187ステージ。P1050675.jpg

六月の東北・四国コースで200回を越えます。
 成長進化を続ける《法然と親鸞》、
以前にご覧下さった方も、是非リピートしてみてください。
 
 その前に、私たちは五月国立劇場
『江戸城総攻』と『左の腕』。
 参加してくださった俳優座の齋藤さん、林さん、三浦さんは、
俳優座公演『蟹工船』にご出演。
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 ご覧になれる皆様、『蟹工船』もよろしくお願いいたします。
あ、勿論、国立の前進座公演をご覧になってからですけど。


             担当:松涛喜八郎 ※前進座メールマガジン会員募集中です!チケット先行受付・プレゼント企画など、メルマガ会員限定のお得情報が満載。★登録・購読もちろん無料★ 【前進座メールマガジン】⇦登録はこちらから空メールを送るだけ。

五月国立大劇場だより

      時鳥 不如帰 遂に蜀魂  海舟


「時鳥が啼く。今年は早いな」
「四月閏にしては、季節が急ぎすぎている」
    (江戸城総攻 第一部
          江戸城総攻)

これが『江戸城総攻』の第一声。
 ホトトギスは万葉の頃からその年の第一声を
忍び音と珍重された。
 ホトトギスは、夏の鳥。
初夏に渡来、初秋に東南アジアに渡る。
 古来、田植えを促す為に啼くといわれたり、
あやめ鳥の別名があるから多くは五月中旬に来日する。

閏月で調整する直前、三十日ほど暦がずれた
1868年三月初めの忍び音は早い。
幕開けの旧暦三月六日は、太陽暦の三月二十九日。

            烏帽子鳥
        《同じ仲間のエボシドリ》

「あ、時鳥が啼く……。しばしこの儘に置け。」
 慶喜公瞑目して聞けば、
杜鵑二三声、寛永寺の大屋根の上を啼きて過ぐる。
十日の月光、煙るがごとく庭面に降りそそぎ、
入側の畳に射し入る。
  (江戸城総攻 第三部
       将軍江戸を去る)

 慶喜公が登場する四月十日は、新暦では五月二日。
こちらのホトトギスは順当だろうか。
 テッペンカケタカ、特許許可局、不如帰などと聞きなされる
ホトトギスの声は夜も聞かれる。

親戚のカッコウ。恰好は似ている。


“啼いて血を吐くホトトギス”

 ホトトギスの口の中は真っ赤。
だから、真山青果の脚色でも名高い
結核患者が主人公の悲劇は、
『不如帰(ほととぎす)』。
 明治の俳人正岡子規は、結核で喀血、
子規(しき=ほととぎす)と号した。
            
杜鵑、時鳥、子規、不如帰、杜宇、蜀魂、田鵑、
これ皆ホトトギス。どれも、
古代中国の王様の魂がホトトギスになったという伝説が
元となっている。

 よって表題の海舟の句は、
ホトトギス ホトトギス ついにホトトギス

 若い時、時流に乗って騒ぐが、
中年から初老には、保身に活きる人々に失望
故郷に帰るに如かずとの想いで晩年を迎える、
という政治人生を読んだのだと、語っている。


あの声で蜥蜴喰うかやホトトギス”
 同じ仲間のカッコウと同じく、ホトトギスは
ウグイスなどの巣に卵を産んで育てさせる
“横着者”。
彼らの人生は、風流とばかりはいかないようだ。


                 喜八郎でした
           江戸城落日
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『法然と親鸞』北越便りⅨ

     みんなの印刷屋さん
             掲示板

楽屋の廊下の掲示板は、
公演班のみんながいろいろな情報を知る大事な高札。
 一寸前までは筆ペンが主流でしたが、何時しか
プリント・アウトした文書が殆ど。

 この印刷方を一手に引き受けているのが、
辰三郎先輩。
           印刷屋さん

 楽屋で、一寸凝ったプリント・アウトをしている様は
結構楽しそうです。


担当:松涛喜八郎 ※前進座メールマガジン会員募集中です!チケット先行受付・プレゼント企画など、メルマガ会員限定のお得情報が満載。★登録・購読もちろん無料★ 【前進座メールマガジン】⇦登録はこちらから空メールを送るだけ。

五月国立大劇場だより

           忠義

維新の頃には妻子までもおれに不平だったョ。
            (海舟語録)

                     海舟。今年は没後110年

 弟子・坂本竜馬の絶大な人気と好対照という位に
勝海舟ファンは少ない。
 昔も今も、その発言や存在が
日本人には煙ったいのかもしれない。
咸臨丸でアメリカ帰った時、
かの国はどのような国かと問われて
わが国と違って能力あるものが指導者となる国です、
と幕府高官を目の前に言い放つ男である。
          赤坂氷川神社

 赤坂の氷川神社そばに終の棲家を構えたところから
名付けられた談話集『氷川清話』が有名だが、
その他にも日記書簡など残した文章は多く。
『勝海舟全集』24巻に纏められている。



 ナニ、忠義の士と云うものがあって、国をつぶすのだ。
己のような、大不忠、大不義のものがなければならぬ。 

             波涛
                   
 海舟語録のこの言葉は、
勤皇にも佐幕にも、新政府にも旧幕にも
よっていない。
 世界の中にあるべき日本を見詰めている。

 維新の年、
これから三十年は目を黒くして政府を監視すべし、
と発言した海舟はその言葉通りの齢を全うした。

 薩摩の西郷、大久保も、長州の桂小五郎も
維新十年にして鬼籍に入り、
鉄舟も二十年目に没し去っている中、
時局に発言し続けた。


 三十年を経た日本皇国は
隣の清国を打ち破る国力を得た。
この道を進んだ皇国は半世紀後に
崩壊することになる。

 開戦の勅命の出た日清戦争に対し、
“其軍更無名”、名分のない戦争だと
海舟は堂々、喝破していたのだった。

             氷川神社
《赤坂氷川神社・氷川神社の総本社は、小京都・川越》
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『法然と親鸞』公演だよりⅧ

3度、竜馬を斬った男
          出陣

 能登・七尾での『法然と親鸞』も、
満員の熱い会場で無事終了。
海外公演賛助募金に立つ出演者に、
感動した、有難う、と
お声を掛けてくださる方の多さに
こちらが感動する毎日です。

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 法然上人の父が亡くなる合戦に
迫力ある殺陣をつけて下さっているのが
林邦史朗先生。
長谷川伸『五文叩き』に続いてお願いしています。
『赤ひげ』の殺陣師、岡本隆史先生の師匠でもある
林先生は、史上最年少の殺陣師としてデヴューして今年で
半世紀。

歴代大河ドラマをはじめ八面六臂の大活躍。
 大河ドラマでは、殺陣指導だけでなく、
様々な役で出演しておられます。
            P1030402.jpg

 中でも『竜馬がゆく』『花神』『翔ぶが如く』では、
坂本龍馬を斬る男。
 歴史上の人物の中で一番好きなのが龍馬という
先生、他人の手にはかけさせたくなかったのかも。

                 勢揃い

 さて、林邦史朗・芸能生活五十周年を記念する公演
『名残~NAGORI~』が
7月11・12の両日開催されます。
主演は勿論、林先生。
場所は吉祥寺・前進座劇場です。



担当:松涛喜八郎 ※前進座メールマガジン会員募集中です!チケット先行受付・プレゼント企画など、メルマガ会員限定のお得情報が満載。★登録・購読もちろん無料★ 【前進座メールマガジン】⇦登録はこちらから空メールを送るだけ。

五月国立大劇場だより

      人斬り半次郎

 中村半次郎、後の桐野利秋という人は、青果作品では、
西南戦争を描いた作品群は勿論、
会津戦争ものの『血笑記』にも愛嬌たっぷりに登場する。
青果先生お気に入りだったのかもしれない。

桐野=半次郎の墓

 幕末に人斬り四人男と呼ばれるのは、、
長州・岡田以蔵、肥後・河上彦斎、薩摩・田中新兵衛と半次郎。

 岡田以蔵は、坂本竜馬に命じられて海舟の用心棒を勤めたこともある。
海舟への刺客を斬ったあと、海舟に「余り人を斬るな」と言われて
「でも今斬らなけりゃ、先生は死んでます」と答えた。

 半次郎の場合は、確かめられている「暗殺」は一件のみ。
以蔵のような暗殺常習者ではなかった模様。
           江戸城総攻予定日の四ヶ月前、京都の近江屋で龍馬は遭難した

 諸説乱れ飛ぶ
坂本龍馬暗殺実行犯の中に
中村半次郎説があるが、現在は余り顧みられない。
 
 維新後は日本初の陸軍少将となるが、
西郷について下野、
西南戦争では村田新八らと共に大隊長として歴戦、
顔面に被弾して命終わった。
        西郷墓地、中央が西郷の墓その左が中村半次郎
 
「身体も大きくて立派なら、
容貌態度ともに優れた男」だったと
勝海舟が語る男は、今
鹿児島・西郷墓地の隆盛隣に眠っている


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『法然と親鸞』北越だよりⅦ

        加賀百万石での二日間      

     金沢城の前身は、蓮如さん所縁の尾山御坊。

 金沢市は、蓮如町があるほどの所縁の地。
二日間の公演を終えて、能登・七尾に移動。
北越コースも七尾・高岡・砺波
三公演を残すのみとなりました。
担当:喜八郎
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五月国立大劇場だより

       泪橋の向こう      

              四宿の“へ~?!”


 「天正18年8月朔日、徳川家康江戸城に入り、
慶応四年4月11日、徳川慶喜江戸の地を退く。
歴史の記述は短かろうが……」
(江戸城総攻 第三部
   将軍江戸を去る)

                台東区と葛飾区の境にある泪橋跡

 11日の早朝、寛永寺を出た15代将軍の駕籠は
日光街道を進む。
 千住宿の地名は小塚原町。通称コツ。
南千住と地名改まった今でも、
“コツ通り商店街”などとその名を残している。

 奥州街道の思川には泪橋が架かる。
小塚原(こづかっぱら)の刑場で斬首される
罪人と家族とが泪で別れを惜しんだ橋。

      千住回向院

 橋を渡れば刑死者を弔う回向院が見えてくる。
安政の大獄で処刑された、
橋本左内
橋本左内(越前=福井・元適塾塾生)、
吉田松陰
吉田松陰(長州)、頼三樹三郎らがここに眠る。
 幕府再建の為に
ケイキさんを次期将軍にと担いだメンバーを、
対抗馬を担いだ井伊直弼が処分した。

 西郷もケイキさん就任を望んでこの弾圧にあっている。


 水戸藩出身のケイキさんは江戸藩邸で生まれ、
国許で育った。
 父親でもある水戸藩主・斉昭を謹慎、失意の死に
追い込んだのは安政の大獄。
井伊暗殺の桜田門外の変は、水戸藩士が主力だった。
その実行犯たちの墓所もここ。

               現在も遺る桜田門。向こうに見えるのは皇居外苑の櫻だモン

 品川宿そばには、鈴が森の刑場、
板橋宿にも刑場
(甲州街道のみは内藤新宿でなく八王子)、
と江戸の果てには刑死者が眠っていた。
歌舞伎でもおなじみの鈴が森

 因みに、家康が八朔(はっさく)に入城したというのは、
稲の初穂を収穫する日に当て込んだ伝説といわれる。
八月一日は、江戸時代を通じて大事な祝日だった。



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五月国立大劇場だより伍拾肆

    ♪西軍、それは……♪

「そんなら何故、鳥羽伏見の戦に負けた。
勝てば官軍よ。」
(江戸城総攻第一部
      江戸城総攻)

 

「勝てば官軍、負ければ賊軍」と言う。
実権を握った側に、詔勅が下される。
 薩摩長州を中心とした「官軍」と戦った奥州諸藩は無論、
官軍とも新政府軍とも呼ばなかった。西から攻めてきた「西軍」。
 西軍・東軍、それは、関ヶ原のリフレイン。



五時間程で決着した天下分け目の闘いは、諸大名を一気に
勝ち組・負け組に二分した。

 陣営から動かなかった毛利も、
決死の敵中突破で薩摩に駆け戻った島津も、
西軍に組した以上は取り潰しは必至。
だが、辛うじて残った。

 大毛利家は、領地を四分の一に削られたが、
殆どの家臣が身分を捨てても長州に随行した。
維新の際、静岡に移住した徳川家臣団と同じである。

 長州が農民に至るまで幕府との戦に邁進したのは、
元々この頃帰農した家臣らの裔だからとも囁かれる。
 薩摩とて、幕府による弱体化策の土木工事割当で
多くの犠牲を払ってきた。



 
「江戸の探索を命じられたのは安政のころか。
西郷はその頃から、今日の日を待っていたのだなァ。
はゝはゝゝ。恐れ入った。渡しても憎い敵じゃない。」
  (江戸城総攻 第一部
       江戸城総攻)

怨み骨髄。
 長州では城中の新年に
「幕府を倒すの儀、本年は如何仕りましょうや」
と藩主に尋ね、
「 まだそのときではあるまい」
と答える儀式が続いていたともいう。


 関ヶ原で西軍に組し、維新戦争でも貧乏籤を引いた上杉家
のような例もあるが、不遇の者たちは政権の矛盾を
肌で感じていた。
長州・薩摩にとっては、倒幕は
関ヶ原以来300年の恨みの
清算という面をも持っていたのだった。



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『さんしょう』旅だより

浜松に来ました
3月23日から26日まで、アクトシティー浜松大ホールにて4日間、5ステージの公演を行いました。
どこでもそうなのですが、浜松演劇観賞会の皆さんにもとても温かく迎えられ、楽屋の中をお花でいっぱいにしてくれました。
その中には「わすれな草」の花があり、小さいはがらも生き生きと一生懸命花を咲かしている姿はまさしく我、「わすれぐさ」を想像させ、強さをも感じます。

可憐なわすれな草

25日、2回公演の昼夜にはおいしい小夜食(お通しとは言わないそうです)をいただきました。
そのメニューは豊富で沢山食べて満腹感で幸せでした。
また、のこった小夜食はお弁当にして(していただき)夜いただきました。
ごちそうさまでした。
そして本当にありがとうございました。

すご~い!

なんと豪華な…  小夜食でしょう!!

巡演も中盤から後半へさしかかってきました。
私達もさらに気を引き締めて取り組んで行きたいと思っております。
これから行く地の皆さん、どうぞよろしくお願いします。


PS
3月23日、藤井偉策君に待望の赤ちゃんが生まれました。
男の子で名前は『建至』(たけし)くんといいます。
偉策くん、靖世ちゃん、おめでとうございます!

☆劇団内でお知らせ☆  早くご本人に会いたいですね!

◇寺田昌樹:記◇ ※前進座メールマガジン会員募集中です!チケット先行受付・プレゼント企画など、メルマガ会員限定のお得情報が満載。★登録・購読もちろん無料★ 【前進座メールマガジン】⇦登録はこちらから空メールを送るだけ。

五月国立大劇場だより五拾参

 朱引き内
       
四宿の“へ~?!”


「そのおみ足の第一歩が、
江戸の地の限りなのでござりまする。」
  (江戸城総攻 第三部
      将軍江戸を去る)


 江戸の範囲は家康の頃から徐々に拡がり、
鶴屋南北さんの文政時代に
朱色の線で区切られたのが幕末の“江戸”。
 千代田の江戸城を中心に、ほぼ一日で歩ける範囲。


 夏目漱石が小説を書いたのは
明治末から大正初めのほぼ十年間だが、
明治と同い年の作家の作品には「朱引き内」という
言葉が何度も出てくる。
 維新後4~50年の東京人の中にも
「 朱引き内」の江戸は生きていたのだった。

 
 海舟は総攻めに備えて、江戸を詳しく調べた。
人口は150万人だったと後に語っている。

都府は徳川のものでなく、公のものと彼が言う時、
“公”とは、薩長は勿論、幕府でも朝廷でもなかった。
このあと三十年の彼の余生の間にも実現しなかった
日本のあるべき姿が海舟の頭の中には生まれていたのだった。



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五月国立大劇場だより五拾弐

      パックス・トクガワーナ

 「負け戦の官軍は、不思議にも一歩づつ勝ちもした。
勝つべき筈の幕府軍は、不思議にも一歩づつ負け申した。
この一事は、お互いに考えんならんことでごわすなァ、勝先生」
  (江戸城総攻 第三部
          将軍江戸を去る)



 徳川幕府のあっけない幕引きに、   
 “石垣の石をひとつさえ取れば、
ガラガラと崩れるように権現様
(徳川初代将軍・家康)が、
幕府の仕組みを作っておいたのだ”
と言った人さえあった。

わが死骸を西(薩長ら不穏勢力地)に向かって
埋めよ、と遺言した家康がそんな用意をした
筈もないのだが。

           南禅寺そばの東照宮
                   
織田(信長)が搗(つ)き、羽柴(秀吉)が捏(こ)ねし
天下餅
ただ楽々と喰うは、徳川(家康)


 狂歌子にもからかわれる家康は、
戦国ギャルにも評判芳しからぬこと
想像に難くないが、300年の太平を築いた男にも
何度かのブームががあった。
今は、お隣・中国で『徳川家康』ブームが起きている。 

 徳川体制は沢山の不遇なものも生んだろうけれど、
全てを現在の基準やひとつの思想に当てはめても
ただの揚げ足取り。

「三河の大庄屋が三百年
日本国の総名主になったと思えば、
権現様だって御不足はあるまい。はゝはゝゝ。」
  (江戸城総攻 第一部
        江戸城総攻)


 パックス・トクガワーナ(徳川の平和)
と評価される300年の
「太平」を築き、時代に合わなくなった時、
自ずから滅んでいったのだった。


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五月国立大劇場公演だより

   ケッコウと言うな
                         四宿の“へ~?!”

                        上野東照宮。日光のほかにも各地に東照宮がある

千住を第一宿とする日光街道の終点は東照宮。
                      
 日光山は、源頼朝以来の東国の鎮め。
徳川初代の家康は、一周忌にここに祀るよう遺言。
東照大権現という日本の守り神となった。

「日光を観ずに結構というな」
「日光見ぬ馬鹿、二度見る馬鹿」
絢爛な社殿は様々に謳われた。
  
 皇族出身の輪王寺宮が、
日光と上野・東叡山、京都・比叡山の三山を統括し、
威を振るった。
ケイキさんが謹慎した寛永寺の貫主が輪王寺宮。
ケイキが去ったのち、彰義隊が担いだのが、
輪王寺宮。
              上野動物園側から見た上野東照宮

上野に住む輪王寺宮が日光へ往復するのも、
将軍が日光に参拝するのも
この千住を通る日光街道だった。



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