FC2ブログ

Entries

五月国立大劇場公演だより

         地図の上の戦争

西郷「江戸の絵図をひろげて、ここから攻め、ここを焼きなどと…
こ、この指で、地図の上の輪郭を指示していましたがなァ―」
(江戸城総攻3・将軍江戸を去る)


小倉紫川・常盤橋たもとの伊能忠敬測量記念碑
 
日本地図と言えば、伊能忠敬。
フォン・シーボルトが持ち出して事件となった地図も
伊能図だった。

 日本に“幕末”をもたらしたペリーも伊能図を持参。
近海を測量してその正確さに舌を巻いた。
が、伊能忠敬までにも数々の労作がある。


「これは貴方、安永六年だから、伊能忠敬先生以前のものです。
どうですこの精密なる測量は」
(江戸城総攻2・慶喜命乞)


天平の頃、奈良の大仏建立の為全国を経巡った行基(ぎょうき)が日本地図の草分けだが、
 江戸時代も、17世紀の終わりには国産の地球儀が生まれ、
18世紀初めには、長久保赤水によって緯線経線の入った地図が初めて作られている。


「ここに砲塁を築き…」と、近藤勇の甲州勝沼戦争をシュミレートしていた安永の地図は、おそらくこの長久保赤水のもの。
小倉の会館となりの新聞社14階に地図会社の資料室があり、長久保赤水の地図も展示されている。

 TV画面に映し出される実感のない戦争を、つい我々は連想してしまうが、
青果先生、この三部作のアチコチに地図の上で語られる戦争を埋め込んでいる。


「品川御殿山から江戸の市中を眺めた時、
目の届く限りはみな屋根でごわす。
その屋根の下には、みな人が住んで居ります。」
   (江戸城総攻3・将軍江戸を去る)


喜八郎☆記
関連記事
※前進座メールマガジン会員募集中です!チケット先行受付・プレゼント企画など、メルマガ会員限定のお得情報が満載。★登録・購読もちろん無料★ 【前進座メールマガジン】⇦登録はこちらから空メールを送るだけ。

0件のコメント

コメントの投稿

新規

投稿した内容は管理者にだけ閲覧出来ます

Appendix

劇団前進座



前進座動画

恋するフォーチュンクッキー 前進座Ver.

QRコード

QRコード

Extra

前進座公演だより

前進座だより

Author:前進座だより
劇団員が書き綴る、前進座公式ブログです。

最近の記事

カテゴリー

月別アーカイブ

FC2カウンター