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五月国立大劇場公演だより

         ヨシノブからケイキへ           
          
 最後の征夷大将軍・徳川慶喜は、トクガワ ヨシノブ。
ルーツの水戸ではヨシノブで通っているが、ヨシヒサというローマ字署名もある。
 三〇年を過ごした静岡では、ケイキさんと呼ばれることが多く、
本人もこの呼び名を気に入っていた模様。


 京都で就任した将軍職は、一年ほどで辞任した。
鶴屋南北さんの頃、大御所時代を築いた十一代家斉は、在位半世紀。
八歳で没した七代将軍でさえ、慶喜の在位の三倍。
 歴代十五位、最短命の将軍が
江戸城で執務することは、遂になかった。

 大政奉還後の
12月12日
動乱の五年を過ごした京都から、
大阪城に移り、明けて慶応四年はやがて明治と変わる年。
将兵を残して江戸へ脱出。
大阪に残された家康以来の金扇の馬印を江戸に届けたのは
新門辰五郎。

1月12日
 江戸城に入って、“官軍”との外交の手配りをし、
2月12日
 城を出て、上野寛永寺に謹慎した。
4月11日
 江戸城明け渡しの早朝江戸をたち、
15日から水戸・弘道館に謹慎。

江戸が東京となった二日後、
7月19日水戸を立ち
23日駿府(静岡)に到着。
一年数ヶ月を宝台院に謹慎する。

         久能山には、趣味人・慶喜の使ったカメラなどが収蔵されている

 
 謹慎を解かれた慶喜さんは、 
元駿府代官屋敷
―『怒る富士』で能勢権兵衛が住んでいたところ―
に移り、清水港で投網を楽しむなどの趣味生活をはじめた。

 寄り添うように随行してきた新門辰五郎は、
既に古来希といわれる歳を迎えていた。
 清水の次郎長に後事を託して
江戸に、いや東京に戻り、数年後に世を去った。

 この代官屋敷は、JR静岡の程近く、
現在は高級料亭となっている。



喜八郎☆記
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