FC2ブログ

Entries

五月国立大劇場だより伍拾肆

    ♪西軍、それは……♪

「そんなら何故、鳥羽伏見の戦に負けた。
勝てば官軍よ。」
(江戸城総攻第一部
      江戸城総攻)

 

「勝てば官軍、負ければ賊軍」と言う。
実権を握った側に、詔勅が下される。
 薩摩長州を中心とした「官軍」と戦った奥州諸藩は無論、
官軍とも新政府軍とも呼ばなかった。西から攻めてきた「西軍」。
 西軍・東軍、それは、関ヶ原のリフレイン。



五時間程で決着した天下分け目の闘いは、諸大名を一気に
勝ち組・負け組に二分した。

 陣営から動かなかった毛利も、
決死の敵中突破で薩摩に駆け戻った島津も、
西軍に組した以上は取り潰しは必至。
だが、辛うじて残った。

 大毛利家は、領地を四分の一に削られたが、
殆どの家臣が身分を捨てても長州に随行した。
維新の際、静岡に移住した徳川家臣団と同じである。

 長州が農民に至るまで幕府との戦に邁進したのは、
元々この頃帰農した家臣らの裔だからとも囁かれる。
 薩摩とて、幕府による弱体化策の土木工事割当で
多くの犠牲を払ってきた。



 
「江戸の探索を命じられたのは安政のころか。
西郷はその頃から、今日の日を待っていたのだなァ。
はゝはゝゝ。恐れ入った。渡しても憎い敵じゃない。」
  (江戸城総攻 第一部
       江戸城総攻)

怨み骨髄。
 長州では城中の新年に
「幕府を倒すの儀、本年は如何仕りましょうや」
と藩主に尋ね、
「 まだそのときではあるまい」
と答える儀式が続いていたともいう。


 関ヶ原で西軍に組し、維新戦争でも貧乏籤を引いた上杉家
のような例もあるが、不遇の者たちは政権の矛盾を
肌で感じていた。
長州・薩摩にとっては、倒幕は
関ヶ原以来300年の恨みの
清算という面をも持っていたのだった。



                 喜八郎☆記
関連記事
※前進座メールマガジン会員募集中です!チケット先行受付・プレゼント企画など、メルマガ会員限定のお得情報が満載。★登録・購読もちろん無料★ 【前進座メールマガジン】⇦登録はこちらから空メールを送るだけ。

0件のコメント

コメントの投稿

新規

投稿した内容は管理者にだけ閲覧出来ます

Appendix

劇団前進座



前進座動画

恋するフォーチュンクッキー 前進座Ver.

QRコード

QRコード

Extra

前進座公演だより

前進座だより

Author:前進座だより
劇団員が書き綴る、前進座公式ブログです。

最近の記事

カテゴリー

月別アーカイブ

FC2カウンター