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『法然と親鸞』青山だより

玉日御廟わらじ参り
親鸞が常陸国の布教の本拠地として約20年間過ごしたとされるのが「稲田の草庵」。
『法然と親鸞』では第三幕で、親鸞と人々が、この草庵に集い、和やかに問答し合う場面があります。
その稲田草庵の跡を受け継ぐお寺が、稲田御坊西念寺です。
浄土真宗立教開宗の地として、今も門徒さんの崇敬を集めています。

この西念寺から東に800mほどのところに、玉日御廟(玉日姫のお墓)があります。
玉日姫は親鸞の妻として遠い昔から言い伝えられてきました。
現在では、恵信尼としてよく知られています。
「玉日御廟わらじ参り」は、玉日(恵信尼)報恩講法要の一つとして、往時の恵信尼を偲んで、わらじ脚絆の扮装で、西念寺の本堂から玉日御廟までを歩いてお参りする行事です。
恵信尼の命日である毎年九月に行われています。

東京公演を約二か月後に控えて、恵信尼の遺徳を偲び、公演の安穏を念じる機会にしたく、恵信尼役の今村文美が参列してきました<9月6日(日)>。

当日は、雲一つなく天高い青空。秋を感じさせつつもまだまだ強く照りつける日和でした。
着物姿にわらじ脚絆を身につけた文美が、僧侶の皆さん門徒の皆さんと一緒にお参りしました。
なだらかな山々の稜線に囲まれた農村風景は、八百年前に親鸞と恵信尼が毎日見たであろう風景を十分に感じさせてくれます。

西念寺さんと門徒さんの尽力で、玉日御廟は大切に手入れされていました。
離れた地所にひっそりとあるこの廟所が今日に至るまで守られていることに感動します。
「西念寺は恵信尼の寺なのです」とは、ご僧侶の話。
親鸞は常陸国の各地に布教に出かけていて稲田を留守にすることの方が多かった。
むしろ草庵を守っていたのは恵信尼だったと。
その苦労を偲ぶ心が、わらじ参りとして、大切にされているのでしょう。

本堂を朝八時半に出発し、往路、御廟でのお勤め、帰路を含めて一時間半くらい。
茨城新聞社の記者さんにもご同行いただきました(9月7日付で素敵な記事と写真を掲載していただきました)。
十一時から本堂でお満座。
伶人(雅楽の演奏者)も配された立派なお勤めでした。
おしまいに親鸞の主著である浄土真宗の聖典『教行信証』が読み上げられるのも、執筆されたご当地のゆえに格別の趣きでした。

ご住職、ご僧侶、そしてご門徒の皆さま。
たくさんのお話、細やかなご親切、ありがとうございました。
わらじを履く文美  記念撮影

玉日御廟参道にて  西念寺山門前にて

おしまいに文美からメッセージです。

「わらじばきに手甲、脚絆と、舞台ではよくある扮装も、何故かとても新鮮に……。
また、足元の感覚も舞台を歩くそれとは違い、木々の匂い、風の香りを感じながら、八百年前の恵信尼さまに想いをはせて歩いたあのひと時。
私にとりまして忘れられない貴重な体験でした。
玉日報恩講・わらじ参りをご一緒できたご縁に感謝の想いで一杯です。
精一杯大切につとめさせていただきます。」

□制作部・東京営業所 林:記□

稲田御坊西念寺 茨城県笠間市稲田469
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