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『お登勢』旅日記19

矢之輔旅日記19

時今也帰京旗揚

  字がちょっと違いまっ。本題は歌舞伎「時今也桔梗旗揚」、明智光秀の謀反を描いた時代物で、わての大好きな芝居の一つ。
 それより秋の公演「人情一夕噺−子はかすがい」まであと半月。時は今、帰京してこの芝居の旗揚せな、と焦っても栓方なし。自分達なりに、準備は着々と進んでるつもりで、その筈だす。
 先日、林家正雀師匠にご足労頂いて、あっしと女房の菊之丞、家主の辰三郎とで、秋の公演のパンフレット用の対談をしました。落語「子はかすがい」のこと、今度の脚本に師匠が感動してくれたこと、これから座で上演してほしい落語種の芝居など、中身の濃い対談でした。六月にはわざわざ相模原まで「髪結新三」を観に来てくれて、うちでしかやらねえ大詰の居酒屋が馬鹿に良かったってんで、褒めてくれました。その居酒屋の亭主やってたあっしとしちゃあ、嬉しくってねえ。一緒に遅くまで呑んじまいました。

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左から、あっし・師匠・女房・家主
 
  先代正蔵師匠最後の内弟子、正雀師匠ならではのいい話。
  長屋の付き合いの原則は、正蔵師匠いわく、決してよその家の中に上がらねえこと、すなわちプライバシーを犯さないこと。
  黒門町の文楽師匠オハコの「鰻の幇間」も、ご自分では志ん生師匠の野だいこぶりにはかなわねえてんで、黒門町、一日寄席を休んで、「鰻の幇間」やっておくれよ、て志ん生師匠に替わりを頼んで、ご自分は客席の一番後ろでマスクして聞いた、てぇんです。名人は名人を知る、いい話じゃございませんか。
  正蔵師匠オハコの「首提灯」。侍が町人に「無礼者」ってんで、侍が町人の首を斬る。で、その侍があまりの早業なんで、当人首を斬られたことに気付かず、落ちかかる首を両手で元に戻そうとする、それを正蔵師匠は、稽古の時は無言でやって、高座へ上がると、その時「フッ」と息を入れる。お弟子の正雀師匠はそれを見逃さなかった。稽古ってえのはそういうもんです。急所は見て覚える。それじゃあねえと、ほんとうにゃあ身につかねえ。
  こんだの脚本がそんなにいいのに、こんな芝居かい?って言われねえように、頑張らなくっちゃねえ。


  そやけど、今は「お登勢」の舞台が大事。下田の千穐楽まで、気張って勤めま。残る例会でお世話になる皆様、よろしゅうおたの申します。
【江戸に大阪、生国不詳。ええ加減な 矢之輔 記】

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